第25話 残念勇者は要所でツッコム
別室への移動完了!
内々でのささやかな式を挙げるための、小規模な会場。
まあ、ちょっとした喫茶店って感じだな。
参加者は以下の通り。
梁島家からは義両親、長男の龍也さん、長女の詩織さん、メス豚の計五人。
龍也さんと詩織さんは、それぞれの配偶者も式に参加していたが、席を外す事になった。
まあ、言える事も無いだろうしね。
それにお義母さんと詩織さんも、あまり口出ししてこないだろう。
東村家からは両親と俺、計三人⋯⋯なのだが、お袋には、ここでの会話が聞こえない程度の、少し離れた所で淳司くんを見て貰っている。
まあ、この修羅場に子供を参加させるのは、さすがにね?
ちなみに父は気配を消している。
忍びの者かな?
まあ、荒事に向いてないからね。
一年前の俺を形成している遺伝子は、間違いなくこのお方です! って感じ。
あとは鷹司と美沙ちゃんの加藤ご夫妻だ。
一応妊婦という事を考慮し、メス豚はソファーに、その隣でメス豚ファーム飼育係のお義父さんが逃走を監視、あとは普通の椅子を持ち寄って座っている。
水野にはあくまでも身内の話という建前で「あとで経緯を説明するから」と、席を外して貰った。
口裏合わせてないとボロが出るしな。
さて。
大方勝負ありなわけだが、ここからが本番でもある。
詰めをミスると、逆に俺が悪者になるからな。
ここから進めるべき話は⋯⋯
「あくまでも、俺は何も知らなかった」
「証拠は美沙ちゃんが独自に集めた」
この二点。
俺が托卵計画を知った上で、プロポーズや婚約、入籍をしたのなら、分かっててやった、ってことで相手の責任を問えないからな。
あくまでも俺は被害者、そこを徹底しなければならない。
そして話し合いの前に言っておく事がある。
「お義父さん」
「なんだい、忠之くん」
「この場は記録させて頂きます。あとで言った、言わないになるのは嫌なので」
「⋯⋯わかった」
ビデオカメラをセットし、話し合いスタートだ。
まずはこの騒動の表向きの仕掛け人、美沙ちゃんの説明から始まった。
「以前から、夫と香苗さんの関係を疑っていました。それで、息子と実家に戻る際に、リビングや和室、寝室にビデオカメラを仕掛け⋯⋯皆さんがご覧になった映像が撮れた、というのが経緯です」
「しかし、それをこのような場で流す、というのは⋯⋯他に方法は無かったんですか?」
龍也さんが苦言を呈すが、美沙ちゃんは悪びれたようすもなく答えた。
「このような場をお借りしたのは、夫は口が上手く、私一人では言い逃れされて煙に巻かれると思ったからです。ただ、関係の無い皆様をお騒がせした事についてお怒りとの事であれば、後日私から皆様に謝罪に伺い、事の経緯を詳しくお話ししようと思います」
「あ、いや、そういう事では⋯⋯そういった事情ならわかりました。元々香苗に責任がありますし、謝罪にはこちらから行きますので」
ふふ、龍也さんは察しが良くて助かるぜ。
美沙ちゃんの言葉は乱暴に要約すると⋯⋯。
「は? テメーラが悪いくせに文句あるんか? だったらあとで言いふらしてまわるぞゴラァ!」
だからな。
向こうが『何もこんな場で⋯⋯』と非難めいた事を言ってくるのは想定内だ。
それに対してのカウンターは幾つか考え、美沙ちゃんに伝授済み。
梁島家としては、これ以上こんな醜聞を広めたくないわけだから、しつこく食い下がったりしないだろう。
「龍也、美沙さんを責める前に、言う事があるだろう」
お義父さんは立ち上がり、美沙さんに頭を下げた。
「この度はうちの娘がご迷惑をおかけしました」
「いえ、お父様の責任ではありません。香苗さんも成人した大人ですし、あくまでも責任はご本人でしょう。それに、それを言うなら私の夫がそちらにご迷惑をお掛けしました。妻として、謝罪させて頂きます」
同じく立ち上がり、美沙ちゃんが頭を下げる。
その姿を見て、お義父さんが耐えかねたように言った。
「香苗、加藤君。私や美沙さんがこうやって頭を下げているのに⋯⋯君たちは何をやってるんだね?」
低く、あくまでも諭すような言い方だが、その下にアッチアチのマグマを感じさせる。
香苗と鷹司は、ハッとした様子で立ち上がり、頭を下げた。
「お父さん、ごめんなさい!」
「梁島さん、すみません!」
あーあ。
コイツらさあ⋯⋯。
俺が心の中でツッコムのも間に合わず、お義父さんが叫んだ。
「謝る相手が違うだろうがっ! 忠之くんや美沙さんといった、迷惑掛けた相手に謝らんかっ!」
「まあまあ、お義父さん⋯⋯謝罪の前に、経緯とか、事情を聞きませんか? 万が一とはいえ、誤解があってはいけませんし⋯⋯それに、あまり大声は」
俺は目の動きで、離れた淳司くんの存在を示す。
お義父さんもそれで少し冷静になり、座り直す。
「そうだな、すまん。取り乱した」
再び全員が席に座り、事情聴取開始だ。
二人が話し始める前に、龍也さんが二人に注意した。
「こんな事は言いたくないけど、ボクも父も警察官、取り調べについてはプロだ。二人が嘘をついていると感じたら、容赦なく突っ込んでいくからね?」
「お兄ちゃん、そんな言い方しなくても⋯⋯」
香苗が抗議めいた事を呟く。
コイツ立場わかってんのか? まあ、まだ現実を受け入れられないんだろうな。
「⋯⋯とりあえず、香苗から聞こうか」
龍也さんが、呆れたように香苗に話を振った。
「違うの、私、止めようって言ったの、だけど鷹ちゃんがどうしても産んで欲しいって言うから!」
「いや、ちょっと待ってくれよ、お前が絶対産みたいからって言ったからだろ!」
鷹司と香苗、二人の醜い言い争いが始まったのを、テーブルを『バン!』と叩き、龍也さんが制した。
「整理しながら話そう。二人の関係はいつからなんだ?」
「えっと、それは⋯⋯」
香苗が鷹司をチラッと見た瞬間、龍也さんは素早く言葉を挟んだ。
「おっと⋯⋯香苗、お前は父さんに耳打ちしろ、その後で鷹司くんに答えて貰おう。この状況なんだ、せめて正直に話すだけの誠意を見せなさい」
おお、さすがだ、警察官っぽい。
口裏を合わせたり、お互いの様子を見ながら話を作ったりする余地を与えない。
二人に、もしバレたらこうしよう、という事前準備というか、危機管理からの口裏合わせが済んでない限り、確実にボロが出るな。
いやぁ相手の追い込み方、勉強になるなぁ!
香苗はそれでもチラッと鷹司を見たあと、お義父さんに耳打ちした。
お義父さんは眉をピクッと跳ね上げたあと、香苗に向けて「お前はしばらく黙ってなさい」と注意したうえで、鷹司へと質問した。
「香苗はここ二年くらい関係がある、と言っているが確かかね?」
えっ? それ言っちゃったら意味なくない?
「そ、そうです、だいたい二年くらいです!」
鷹司は信じて貰おうと、必死な感じで答えた。
まあ、俺は嘘だって知ってるんだが。
おや? 鷹司の答えを聞いた香苗の様子が⋯⋯?
なんか焦ってるぞ?
鷹司の答えに、先ほどの龍也さん同様、お義父さんはテーブルを『バンっ!』と叩いた。
「香苗は、ここ一年と言ったんだ! お前らまだウソを付くのかっ! 一切操作せず、スマホをここに置け!」
うっは、まさかの誘導尋問!
お義父さんグッジョブ!
いや、龍也さんが言い出した時から、この流れ考えてたんだろうな。
現役警察官すげー! 俺もボロ出さないように気を付けないと!
香苗と鷹司の表情が完全に死んでるわ、心の中でクッソワロタァ!
それよりこの俺の疎外感なによ、梁島父子無双し過ぎぃ!
あー、楽しッ!
二人はスマホを提出する。
そこで俺はしばらくぶりに口を出した。
「すみません、俺に確認させてください」
「忠之くんが?」
「はい、お義父さんと龍也さんを信用しない訳ではありませんが、それでも香苗の身内です。⋯⋯この意味ご理解頂けますよね?」
梁島家の事を考えれば、不倫の証拠なんて消した方が良いのだ。
だから全てを二人に任せたりしない。
「⋯⋯ああ。二人とも、テーブルに置いたままロックを解除して、香苗は忠之くん、加藤君は奥さんに渡しなさい⋯⋯いいね?」
さっきのやり取りのせいか、二人は抵抗を諦めたのか、言いなりだった。
ロック解除したスマホを受け取り、メッセージアプリを確認する。
追体験した時のやり取りを探すと、メッセージは消去されていなかった。
ふっふっふ、バカだなあ。
「えっ、高校時代から⋯⋯?」
俺が驚いたように香苗を見る。
香苗は下を向いていた。
俺は自分のポケットからスマホを取り出し、2人のやり取りを撮影した。
カメラの音に気付いた香苗が顔を上げて叫ぶ。
「ちょ、ちょっと、やめてよ、忠之!」
「いや、証拠は残さないといけないから。美沙ちゃんもお願い」
「はい」
美沙ちゃんも、鷹司のスマホをパシャパシャと撮影。
撮影を終え、スマホをテーブルに置いてから、俺は悲しんだ様子を演じながら言った。
「つまり二人は⋯⋯俺と美沙ちゃんを高校時代から騙して、恋人ヅラや友達ヅラして、裏で笑ってたんだ。マジかよ⋯⋯」
まあ、知ってた速報なんですけど!
「で、でも!」
香苗は何とか取り繕おうと思ったのか、必死の形相で言ってきた。
「忠之にプロポーズされてね、私、凄く嬉しかったの! だからもう、それからは鷹ちゃんとはそういうのは止めたの! あくまでも、結婚前の話なの、だから、許して!」
いや、この状況で許せる奴、たぶん歴史に名を残せるレベルの聖人だろ。
それにしたって
『東村忠之 200×年ー20××年
婚約者に托卵を企てられるも、それを広い心で許したなど、数々の逸話を残す聖人』
みたいな内容でWikipediaに載りたくねぇわ。
香苗の身勝手な要求に、美沙ちゃんがカバンをゴソゴソして封筒を取り出し、中身をテーブルに広げた。
「こちら動画撮影後に、私が興信所に依頼した調査報告書です。二人が最近までラブホテルなどで逢い引きしていた証拠になります」
出された写真には、二人がラブホテルに出入りしている姿が写っている。
「ち、違うの、それは、昔の⋯⋯!」
それでもまだ言い訳しようとした香苗に、俺は一枚の写真を指差しながら言った。
「いや香苗、このお腹でそれは無理あるって」
「違うの! その時、凄い便秘で、ポッコリお腹で!」
「それに君がこの時着ている服、俺がちょっと前にプレゼントした、ジル・ライトニングの新作じゃん⋯⋯」
「あっ⋯⋯でも、ち、違う、違うの」
「そもそも、さっきのメッセージアプリのやり取りで、普通に最近の待ち合わせの話どころか、感想言い合ってるじゃん」
撮影した画像から、該当部分を突きつける。
そこには、『妊娠してお腹はちょっと邪魔だけど、胸大きくなったからプレイの幅広がったな』的なやり取りがあった。
「でも、私、違うの、それはただの作り話しっていうか、遊びっていうか、とにかく違うの!」
えっと、何これ?
違うのbotかな?
「香苗ぇぇええええっ!」
ここでお義父さんは限界を迎えた。
香苗の横っつらを『バチコーーーーン!』とビンタしたのだ。
相手が妊婦だというのも忘れたかのような、手加減無しの一撃に見えた。
香苗はその衝撃でダウン。
座ってたソファーに、バンザイするように横たわった。
俺はその様子を見て、心の中で叫んだ。
香苗、アウトぉおおー!
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