第22話 残念勇者は刺客を放つ

 ノートPCのタッチパッド、その左クリックを押すと、動画の再生が始まった。


 照明が落ち仄暗い会場の中で、まずはスクリーンに黒い画面が浮かぶ。

 そこに白い文字で浮き上がる文章。

 同時に、鷹司の声で朗読された。


『──香苗、俺の子供産んでくれよ』


 いやしかし、とんでもないタイトルだな!

 俺が付けたんだけどさ。


 文字がふっと溶けるように消え、暗転した画面に、香苗と鷹司のツーショットが浮かび上がる。

 あ、この画面だと切れてるけど、近くで俺が寝ています。


 そのまま映像は切り替わり、鷹司がアップになった。


『⋯⋯香苗、俺だって、お前と結婚できなかったのは辛かったんだって。わかってるだろ? お前が忠之と付き合ったから、友達関係とか世間体考えて、仕方なく俺も美沙と結婚したんだからよ』


「あれ?」

「鷹司くん?」

「何なに? ドラマ形式?」

「変に凝った演出だね⋯⋯?」


 会場に走る僅かな違和感。

 ここで、映像は香苗のアップにチェンジ。


『それは、わかるけどさぁ⋯⋯』


 明らかに変な様子に、会場に『ざわっ』とした声が上がる。


「えっ、何これ」

「ちょっと、えっ?」

「あれ、鷹司だよな?」

「何の話?」

「アレじゃない? ここから略奪婚、みたいな⋯⋯」


『頼むよ。前回お前に子供を中絶させたのだってさ、普通にしてたけど、俺も辛かったんだよ⋯⋯』


「えっ⋯⋯?」

「中絶?」

「いや、そういうのはダメでしょ、結婚式で⋯⋯」


 会場のざわつきに、ここで水野が明らかに狼狽し始めた。

 だが、びっくりし過ぎて固まっている。

 香苗は口を抑え、鷹司は画面と、一緒に出席している奥さんを交互に見ていた。


『じゃあさ、なんで『今回も堕ろすのか?』とか平気で言えるの? できるだけ普通にしてたけど、私傷ついたよ?』


『いや、全然平気じゃないって。だけどよ、それで『産んでくれ』とか言う資格はないじゃん、俺、それはさすがにさ』


『そういうの、資格とかじゃなくてさぁ』


『じゃあ、言うよ。香苗、俺の子供産んでくれよ。忠之にはそりゃ、悪いけどよ。二人の為にも、お腹の中の子供の為にも、これが一番なんだって』




「──ちょっと待って! これ私が作った動画じゃない!」


 水野がとうとう声を上げた。

 だが、スタッフはニコニコしている。

 あっ、言ってたヤツですね、的な感じだ。


 まあ、結婚式だとハサミとか、切れる物言っちゃだめみたいなのあるけどさ。

 中絶は一発レッドだろ、流石に気付けスタッフ!


 しかし、動画再生はそのまま進んだ。


 場面は切り替わり、加藤家の寝室。

 ベッドの縁に鷹司と香苗が座り、両者の顔が近付く。


「えっ、ちょっと」

「うそ、何々?」


 会場のざわつきは更に大きくなる中──二人がキスをするまさに直前、ふっと画面が切り替わった。

 「ピンポーン」という警告音がしたあと、字幕が表示される。


『ここからはイメージ映像でお楽しみ下さい』


 遠くから徐々に近付いてくるような、軽快な音がする。

 トン、ト、トントト、トントントン。


 音が大きくなるにつれ、何の音かもわかるようになる。

 寄せ太鼓──相撲中継などでおなじみの音だ。

 来場者たちが、音の正体に察しがついたであろう頃、画面に力士が映し出された。


 力士の立ち合いが連続して、次々と映し出される。


 構えから、お互い立ち上がり、ぶつかる。

 それが次々と映し出される。

 力士の立ち合いと、奇妙にシンクロする男女の声。


 はあ、はあ、パンパン、ウッウ、ンン、アッア、パンパン。


 ぶつかり合うお相撲さんと二人の声。

 映像と音声は不思議と噛み合っていた。

 

 呻き声と身体がぶつかる声が続く中、男女の会話が聞こえた。


「ほら、お前、これ弱いだろ?」


「あっ、それ弱いから、ダメッ!」


 鷹司の攻める声に、香苗が降参の声を上げる。

 画面では、何とか土俵際で耐えていたお相撲さんが、「ダメッ!」の声と同時に寄り切られて土俵を割った。


 まるで、男女が相撲の実況をしているみたいだ。

 時折変な声が混ざってはいるが。


「これどうだよ、ほら!」


「もっと! もっと強くひねって!」


 お相撲さんが、香苗の絶叫リクエストに応えるように、首捻り投げで相手を投げ飛ばした。


「もっと強くされたいのか? なぁ?」


「だめぇ、ちぎれちゃうううう!」


「へへ、こうか? こうかぁ?」


 お相撲さんは「こうか? こうかぁ?」と言いながら、掴んだマワシを一生懸命手前に引っ張っていたが、とても丈夫だからもちろんちぎれたりしなかった。


「もっとキュッて締めてくれよ、香苗ェ⋯⋯」


 お相撲さんは全く関係ないが、何となく

『サスケェ⋯⋯』を思い出させるセリフだ。


「ンッンッ」


「うっ、オッー⋯⋯お前マジ上手くなったな、締めるの」


「ふふ、いっぱい練習したもん」


 画面では、関取のマワシを、付き人が一生懸命締めていた。

 褒めてもらえて良かったね! キュッて締める練習の甲斐があったじゃん!

 でも付き人がタメ口はダメだよ?


 さて、そろそろクライマックスだ。

 俺のセンス、その全てを込めた最後のシーン。


「おらぁ、もっとケツ上げろよ⋯⋯」


 鷹司の命令に、両拳を地面に付けたお相撲さんが、ハッケヨイって感じで尻をクッと突き上げた。


「ほら、忠之に謝れよ! ドM女ぁ!」


 立ち上がったお相撲さん同士がぶつかる直前、鷹司の言葉と同時に、片方が張り手を繰り出した。

 張り手がモロにヒットし、「パーン!」と肌が叩かれる音が響くと同時に、お相撲さん役の香苗が叫んだ。


「忠之ぃー! ごめんなさいぃいいい! 私、鷹ちゃんのせいで、叩かれるのが好きになっちゃったのー! のー! のー! のー⋯⋯」


 香苗の声がエコーしながら響く中、張り手を食らったお相撲さんが、スローモーションでゆっくり、ゆっくり倒れていく。


 完全に倒れると同時に、エコーも止まり、動画は終了した。


 終了とともに、会場に再び照明が灯る。

 光の下に晒されたその雰囲気は、結婚式なのに、もはやお通夜って感じだ。




 しん⋯⋯とした沈黙の中、鷹司の息子である淳司くんが、不思議そうに質問した。


「ねーねーお父さん、なんで香苗おねーちゃん、お父さんに謝ってたの?」


 ワハハハハ。

 淳司くんは好奇心旺盛だね!


 ほらお父さん、答えてあげなよ。

 だが、誰も声を発しない。

 仕方ないなぁ。


 俺は新郎用の席に戻ってマイクを握り、鷹司に語りかけた。


「おい、鷹司! ドッキリにしても内容考えろよ! 香苗もさぁ、こんなドッキリしちゃダメだよ? 会場のみんな引いちゃってるじゃんか、もー」


 はっはっはっ、と俺が笑うと、会場に戸惑いと共に「えっ?」「ドッキリ?」みたいな言葉が飛び交う。


 鷹司は顔を引き攣らせながらも、何とか答えた。


「い、いやー、やり過ぎだよな、俺もヤバいと思ったんだけど、水野がこのくらいの演出しないと、って」


 おお、頑張るねぇ!

 隣の香苗は脂汗をダラダラ流し、顔を真っ青にしながら、何とか笑みを浮かべていた。

 あら、化粧が落ちてるね? でも化粧直しはまだ先だよ?


 しかし、笑ってられないのが水野だ。


「えっ、違う! 私こんなの作ってない!」


「えっ、水野、そりゃないよ。この雰囲気だとそう言いたくなるのもわかるけどさー」


 いやー、鷹司くんは本当にクズだねぇ。

 自己保身の為に、水野に罪を擦り付けるとはね。

 でもそれ無駄なんだ!

 はははは、では行きますかー。


「わかったわかった、皆さんすみません、お騒がせしました! このドッキリの結末として、私からご提案があります!」


 俺の言葉に、会場の注目が集まる。


「子供が産まれたら、私、鷹司、香苗の三人で、DNA鑑定をして、皆様の所に結果を送付させて頂きます! 鷹司、こんなドッキリやったんだから、お前も協力してくれよな? 皆さんそういうのあまり見たこと無いから興味ありますよね? お楽しみに!」


 俺の宣言に「ああヤッパリドッキリなんだ」という空気が漂い、会場からはちょっと笑いが起きたりした。


「オイ鷹司! 協力しろよー!」


 他の友人からもヤジが飛んだ。

 会場はすっかりドッキリ大成功ムードだ。


 だが、当たり前だが、鷹司と香苗は慌てた。


「いや、そこまでしなくてもいいだろ! 費用とかも掛かるんだから⋯⋯」


「そうよ忠之、そういうのはやめときましょう?」


 二人に笑いかけながら、俺は胸をポンと叩いた。


「大丈夫! 費用は俺が持つから! これも結婚式の余興だからさ!」


「い、いや、忠之、そうじゃなくてさ」


「DNA鑑定書が引出物って、皆さん面白いと思いませんかー?」


 俺が会場を煽ると、ドッと笑いが生まれた。

 クックック、希望を与えた上で、それを潰す。

 これが俺のやり方だ。


 バッタの足先を、接着剤で地面に付けてピョンピョンする様子を「スクワット」って言って笑ってた、俺の陰湿さ舐めるなよ?


 そんな話をしている中、遂に限界を迎えた人間がいた。

 水野祥子だ。


「ふざけないでっ! 私のせいにして! 元はと言えば、あんたたち二人が不倫なんてしてるせいじゃない! 香苗、私やめときなって何回も言ったよね!」


 クックック、水野がやられたか。

 だが奴は四天王最弱⋯⋯いや、三人だったわ、はっはっはっ。


 あーあ、しかしもうゲロッちまったか。

 もう少し楽しみたかったのに。

 水野が繰り出した魂のシャウトにより、会場が再びざわつき出す。


「えっ、不倫?」

「どういう事⋯⋯?」


 そんな中、鷹司はまだ無駄な足掻きをしていた。


「ちょ、水野、落ち着けって⋯⋯」


「私は落ち着いてるわよ! 何なのよ! 自分たちの不倫の後始末くらい、自分たちで上手くやってよ! 私を巻き込まないで!」


 うーん、禿げ上がるほど同意するしかないド正論。

 でもごめん、君はボクの敵なんだよ。

 傍観者だからって、俺にとっては無罪じゃないんだ。

 不倫の事実を知っててメモリアル動画作ろうなんて、俺をバカにし過ぎなんだよなぁ。


「香苗、あんた何とか言いなさいよ!」


 水野の追及に──香苗はとうとう顔を押さえながら叫んだ。


「あぁああああああっ! だから私、止めようって言ったのに! 鷹ちゃんが、これが一番って言うからぁああああーーー!」


 あー⋯⋯。

 なんだコレ⋯⋯。


 全員が全員、自分の保身に走ってるよ。


 こうやってゴミ眺めてるの、最高の気分じゃないか⋯⋯!

 しかしすげーよなぁ。

 不倫を事前に知ってた水野も、当事者の香苗も鷹司も、この状況で、誰も俺に詫び入れようって発想がねーんだもん。


 あ、香苗は謝ってたか、ケツぶっ叩かれて。

 うわっはっはっは、愉快愉快!


 という内心はもちろん表に出さず、俺は狼狽しつつも笑みを浮かべる男を演じた。 


「いや、香苗⋯⋯引っ張り過ぎだって⋯⋯これも、ドッキリ⋯⋯でしょ?」


 俺が茫然自失を演じていると、鷹司が駆け寄ってきた。


「忠之、誤解なんだって、信じてくれよ、あとでちゃんと話すから、俺たち親友だろ? な?」


 おお、さすが四天王最強。

 ここから逆転する気か?


 もしかして、あと二回変身でも残してるのか?


 でも無理なんだよ!


「──いい加減にして下さいっ!」


 叫び声と共に、俺が用意した『刺客』が遂に動いた。

 その女性は、俺と鷹司の方に向かって歩いてくる。


 そのまま、俺に向かって頭を下げた。


「東村くんを利用してごめんなさい。水野さんにお願いして、この動画を作ったのは──私なんです」


「えっ、お、お前⋯⋯」


 今度は鷹司が茫然自失とした様子で呟いた。

 まあ、コイツのは演技じゃないだろうがな!


 そう、この人物こそ、俺がこの場に潜ませた刺客。

 全員を叩きのめす為に用意した駒。



 鷹司の妻──加藤美沙だ。

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