第21話 残念勇者は心の中で叫ぶ
「東村家、梁島家の皆様、本日は誠におめでとうございます。それでは新郎、新婦のご入場でございます」
司会の挨拶と共に、俺と香苗は腕を組み会場へと入った。
万雷の拍手に迎えられ、席へと向かう。
「新郎の東村忠之さんは、学業で優秀な成績を収め⋯⋯」
司会が俺たちの経歴を紹介し終え、俺にマイクを手渡してきた。
次は俺のウェルカムスピーチだ。
会場を見回し、今日の関係者たちを改めて確認する。
隣の香苗はもちろん、友人席にいる加藤夫妻とその息子、梁島家の皆さん、香苗の友人水野さん。
本当なら『地獄にようこそ』とか言いたい所だが、グッとこらえた。
「本日はご多忙の中、私たちの為にお集まり頂きありがとうございます。皆様方が私たちの門出を晴れ舞台にと祈って頂いたおかげでしょうか。今日は雲一つ無く、まさに結婚式日和と呼ぶに相応しい日となりました。その事に厚く
ここで香苗をチラッと見てから、俺はスピーチを続けた。
「そしてなにより、本日は私の夢が叶う日です。私は物心ついた頃には、今隣にいる香苗を好きになっていました。彼女と人生を共に歩みたい、それが私の長年の夢でした。その夢がついに叶うこの日、皆様から祝福して頂ける私は、本当に幸せ者です」
俺のスピーチに、会場は暖かい雰囲気に包まれる。
これが後で極寒に変わるのを想像すると、自然と笑みが浮かんだ。
「そして愛する香苗は、私に新しい夢までくれました。一部の方々にはここでのご報告となってしまいますが、彼女のお腹の中には新たな命が宿っています」
会場に少しざわつきが生じる。
ただ、あまり否定な感じでもない。
あとで全否定に変わるんだけどな!
「香苗と共に人生を歩みたい、そう思って始まった私の夢は、三人で歩みたいという、さらに強い夢へと変わりました。皆様には私の⋯⋯いえ、私たち三人の夢の行く末を、末永く見守って頂ければと思います。皆様のご厚情に報いたく思い、東京よりミシュラン三ツ星のシェフをお招きし、私のできる精一杯のおもてなしをご用意させて頂きました。本日は限られた時間ではございますが、楽しんで頂ければ幸いです。それでは、よろしくお願いいたします」
スピーチが終わると共に、入場時よりも大きな拍手が会場を包む。
「三ツ星シェフだって!」
「すごーい!」
凄いだろう? 途中から料理の味なんてわからなくなると思うけどな!
ちなみにこれは別料金だ。
まあ、あとで回収するけどな。
しかし自分で言うのもなんだが、結構良いスピーチだった気がする。
本番への良い練習になったな。
あ、今日も本番だったな、テへ。
結婚式は進み、次は友人代表挨拶となった。
友人代表はもちろん鷹司だ。
「忠之とは子供の頃、よく二人でイタズラしました。考えるのは忠之、実行役は俺と、いいコンビだったと思います、例えば⋯⋯」
営業マンらしく、過去のエピソードを交えた軽快なトークで笑いを取っていた。
そんな事もあったなぁ。
鷹司、今日はイタズラの考案、実行、どちらも俺だ。
楽しんでくれよな。
途中の「二人の結婚は俺のおかげ」アピールに、ちょっとだけ殺意を覚える⋯⋯あ、もう二回も殺してたわ。
そしていよいよ、審判の
「では、新郎新婦お二人の思い出、歩んできた道のりを、ここで皆様にご覧になっていただこうと思います。この映像は新婦のご友人、水野祥子さんが作成しました。水野さんはTV局で⋯⋯」
くくく、ごめんね? 水野さんも巻き込んで。
でも君、俺の敵だからさ?
この式が終わったら、色々大変だと思うけど頑張ってね!
水野さんが作成した動画を保存したUSBは『水野さん→香苗→式場スタッフに化けた俺→香苗に化けた俺→式場スタッフ』という素晴らしいリレーによってここに運ばれている。
そして、もう一人。
この動画に俺は一切関与していない、それを証明する『刺客』を、この結婚式には潜伏させている。
この『刺客』から俺の目論見が露見するリスクは勿論あった。
だが、リスクを取っただけの成果はあった。
もちろん、リスクヘッジは掛けていたけどな。
この動画に俺は一切関わっていない、という事にするには外せないキーパーツを俺は手に入れたのだ。
上手くやってくれよ?
「それでは、このメモリアル動画の再生ボタンは、新郎の忠之さんに押して頂きましょう! では忠之さん、こちらにどうぞ!」
ふふふ、これも俺の提案だ。
もし動画を止めようとする奴が現れた場合、俺が「いや、内容を確認したい」と押し止める。
最悪、スキルを駆使してでも邪魔者は排除する、その為の陣取りだ。
プロジェクターに接続されたPCの前に立つ。
クリックすれば、動画が再生。
この半年に渡る俺の活動、その集大成──いや、違う。
俺の、これまでの人生の集大成だ。
そう考えると、万感の思いが胸に迫る。
楽しかった小学生時代。
放課後、三人で暗くなるまで語った中学生時代。
香苗と付き合い始め、毎日が楽しかった高校生時代。
離れて寂しさを感じたからこそ、たまの再会に幸せを感じた大学時代。
また香苗に会うんだ、その為に戦い続けた異世界生活──。
その全てが、今、ここに集約されているのだ。
──これに似た感覚は以前にも覚えがある。
例えば、昔やったゲーム。
大好きなRPGをやり込み尽くし、あとはもうボスを倒すだけ。
例えば、シリーズを追い続けて、遂に完結するラノベ。
面白くて、先が気になってしょうがないのに、残りページ数が減っていく寂しさ。
それを自覚した瞬間、急に冷めるような感覚だ。
もうこれを進めると、楽しい時間が終わってしまう。
流れるエンドロールを見るだけになってしまう。
まだまだ遊びたいのに、もう遊ぶ要素がない。
残りページがなくなれば、主人公の旅はもう終わりを迎えるしかない。
それが嫌で終わらせない為には、クリアを放棄してゲームを投げ出したり、本を閉じるしかないのだ。
もしかしたら人は、常に過程を楽しみたいのかも知れない。
結末を見届ける事ではなく、結末に向かっている、その過程を楽しみたいのかも知れない。
見えている結果なんて、いちいち確認したくないのかもしれない。
そう思うと、なかなか手が──。
と。
俺の脳裏に、大好きな芸人さんの姿が浮かんだ。
いや、実はたまたま昨日、TVで見たからかもしれないな。
まあとにかく、彼は言った。
『結果みたいに決まってるやろ! こういうのは勢いで押さんかい!』
ああ、そうだよな。
こういうのは、ゴチャゴチャ考えず、勢いで行かないと!
思考の道草食ってる場合じゃねえ!
ありがとうございます、師匠。
俺が脳内で礼を述べると、芸人さんは親指を立ててくれた。
では東村忠之、一世一代の時!
行きます!
俺は師匠へのリスペクトを込めながら、脳内で叫んだ。
『結果発表ぉおおおおおっ! スイッチ、オーーーーーーーーン!』
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