第19話 残念勇者はプロポーズする

 服を着て鷹司の家を出る事になった。

 今日このあとは──香苗の家、俺の家と順番に送って貰い、あとで再び香苗と合流、という流れだ。


 一旦香苗を降ろしたのち、鷹司と二人きりでの車内。


「いやー、ようやくお前らもかぁー」


「ははは⋯⋯ありがとうな」


「でもよー。もう俺んちはもう勘弁してくれよぉ?」


「わかってるって!」 

 

 鷹司にからかわれながら、俺の家についた。

 まあ控え目に言って死ねって気持ちだったけど。

 車が出発してすぐ、転移で鷹司の家に行き、ビデオカメラを回収。


 これでよし。


 実家でシャワーを浴び、新しい洋服に袖を通してしばらくするとチャイムが鳴った。


「忠之ー、香苗ちゃん迎えに来たよー」


「はーい」


 香苗の車に乗り込み、出発。

 二人でランチを食べる約束をしてある。


「ねぇ、どこで食べる?」


「ちょっと遠いけど下関まで行って、寿司を食べよう」

 

「えっ、お寿司! 楽しみ! 行こ行こ!」


 香苗の運転で下関へ。

 到着はちょうどお昼前だ。


 海産物を取り扱う、唐戸市場にある回転すし店。

 まだオープン前なのに既に行列ができていた。

 何とか一巡目で入店。

 回転すしとはいえ、ネタのクオリティは有名チェーン店の比じゃない。


 まあその分、値段もちょっとだけ高いけどね。

 それでも魚の質を考えればとてもリーズナブルだ。

 幾つか皿を取り、二人でシェアしながら食べる。


「東京の高級店も幾つか通ったけど⋯⋯やっぱり俺はこっちの方が好きだな」


「東京のお寿司って違うの?」


「あっちの寿司はね、高級店だとネタを熟成させた物が多いんだよね。一番の違いは醤油だね、こっちの醤油は甘いけど、東京の醤油はちょっとしょっぱいんだ」


「へーっ。醤油の味がそんなに違うんだ」


「こっちの寿司は、魚の新鮮さとか、コリコリした歯応えを楽しむ、その為に醤油の旨味が強いんだ。関東の寿司は熟成させて、素材の旨みとか、ねっとり感を増やす⋯⋯って感じかな」


「色々違うんだね」


「まあ、どっちも違って美味しいけどね。今度香苗も東京へ遊びに来てよ。美味しいお店案内するから」


「うん! 楽しみだなー」


 まあ、ネットの知識なんだけどな!

 高級店なんか行ったことないよ!

 まあでも、金持ちアピールしとかないとな。





 ランチを済ませ、俺達は懐かしの水族館へとやって来た。


 下関といえばフグ。

 その名産にちなみ、ここはフグの展示数は世界一だ。

 また、ペンギンの数も国内で最大級。


 順路通りに展示を巡ったのち、イルカショーを見る事にした。


 だが、観客席からではない。

 一階のレストランから、イルカの水槽が見える仕掛けになっているのだ。


 二人でゆったりお茶を飲みながら、芸でジャンプ後に、勢いよく潜ってくるイルカを眺める。


 ちょっと変わったショーの楽しみ方だ。


 ショーが終わり、香苗がお手洗いに向かってる間、ホールで待つことにした。


 一階ホールには、国内唯一のシロナガスクジラの骨格標本がある。

 俺が初めて香苗と手を繋いだ場所だ。



 化粧直しを終えた香苗が、俺の横に来て手を絡めた。


「懐かしいね、ここ。忠之が初めて手を繋いでくれたよね」


「覚えてたの?」


「覚えてるわよー。あの時の忠之、顔真っ赤にしてさ⋯⋯」


 口を抑えながら、肩を揺らして笑うと⋯⋯彼女は微笑みながら言った。


「大事な思い出だもん。忘れる訳がないよ」


「⋯⋯ありがとう」


 まあ俺にとっては、大事な思い出だった、だけどな。





──────────────────────



「えっ、凄い⋯⋯何ここ」


 建物に入ると、香苗は圧倒されたように呟いた。

 明治の迎賓館を思わせる、瀟洒しょうしゃなロビー。

 料理屋というよりは、一流ホテルのような佇まい。

 それもそのはず、ここは宿泊も可能だ。


 ディナーに選んだのは、下関の名産であるフグ。

 しかもここは、明治時代に禁止されていたふぐ料理が解禁された、公許第一号店。


「この時期予約が難しいらしいんだけど、たまたま空いててさ。ラッキーだったよ」


 フロントで鍵を受け取り、部屋に案内される。

 

「本当は昭和天皇がお泊まりになったっていう『みかどの間』が希望だったんだけど⋯⋯流石に空いてなかったよ」


「いや、この部屋でも充分っていうか⋯⋯わぁ、凄い景色!」


 窓の外には、本州と九州を隔てる関門海峡が一望できる。


「今日はフグの白子をたっぷり食べられるコースにしたよ」


「フグの白子⋯⋯食べた事ないわ」


「苦手だったらごめんね? でも他の料理も最高だと思うから」


「ううん、食べられると思う、タラの白子ポン酢とか好きだし⋯⋯」


 コース料理が始まり、飲み物を聞かれる。


「香苗は今日も飲まない?」


「うん、今日も薬飲んだから⋯⋯止めとこうかな」


「じゃあ俺も」


「えっ? 忠之はいいよ、遠慮しないで」


「いや、昨日は鷹司がいたから飲んだけど、香苗が飲まないのに、その前で俺だけ飲めないよ」


「もう、本当に良いのに⋯⋯優しいね」


「それしか能がないからね。でも気分だけ味わおうか、すみません、ノンアルコールビール2つで」


 仲居さんが退室すると、香苗が待ちかねていたように言った。


「聞くまでもないけど⋯⋯ここ、高いよね?」


「まあ、それなりに」


「いくらするの?」


「まあざっくり、二人で十万円? くらい」


「じゅ⋯⋯」


「でも一流ホテルとかだと、宿泊だけでそれ以上取られるからね。そう考えたら全然安いよ」


「忠之、あまり無駄遣いはさ」


「なんで? 好きな相手と美味しい物食べるのは、無駄じゃないよ?」


「そう言ってくれるのは、嬉しいけど⋯⋯」


 ふふふ、否定的に言いつつも、満更でも無さそうだ。

 まあ、これなら行けそうだな。


────────────────


 コース料理を食べ終えて部屋でまったりしている中、俺は今日の本題を切り出した。


「香苗、大事な話がある」


「⋯⋯えっ、何?」


「まず、誤解しないで欲しいんだけど、昨日⋯⋯いや、今朝かな。これから話す事は、それとは関係ない」


「うん、わかった」


「今回俺が帰省したのは、香苗にこれを渡したかったからなんだ」


 俺は鞄から、青い箱を取り出した。

 蓋を開き、中の指輪が見えるようにして香苗に差し出した。


「結婚しよう。絶対に幸せにするから」


 予想もして無かったのだろう。

 香苗と鷹司のプランなら、これから一、二カ月後に「妊娠した」と俺に報告し、結婚を迫ったはず。


 だから、ここは先手必勝。

 こちらから話を進める。


「忠之⋯⋯本気?」


「当たり前だ、冗談でこんな事言わないよ」


 香苗は一瞬嬉しそうにしながらも⋯⋯すぐには受け取らず、下を向いてしまった。


 その瞬間──嫌な予感が走る。


 ここまでほぼ想定通りに上手く行っていたから、俺は一つ、ミスを犯している事に気付いた。


 想定してない、いや、想定が足りていなかった。

 このプロポーズを断られる事、ではない。 


 香苗が、俺のプロポーズをきっかけに、悪気を覚えて鷹司との関係を告白する。

 その想定が抜けていた。


 そして、もしそうなったら──結構致命的だ。

 もし今、ここで、香苗が鷹司との関係を告白した場合、恐らく俺は彼女をそれほど追い込めない。


 そして、もっと悪いのは⋯⋯今、この瞬間、言って欲しいと思っているという事だ。

 彼女をトコトンまで追い込む、そこにブレーキを掛けて欲しい、そんな心境に陥っている。 


 そして、香苗の返事は──。


「嬉しい、忠之⋯⋯私、良い奥さんになるからね!」


 彼女はあっさり指輪を受け取った。



 あっはい。

 では──アクセル全開で行かせて頂きますっ!

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