第18話 残念勇者は寝たふりをする
「そういや、いい酒あるんだよ。もう開けてちょっと飲んでるんだけど」
鷹司がキッチンへと移動し、俺に背を向けながら酒を注いでいた。
酒のラベルを見せたくないのか、ちょっと不自然なアングルだな。
そのまま二杯の酒を持ってくる。
「日本酒なんだけど。マジで旨いんだよ」
「お、ありがと」
受け取った酒をコッソリ【鑑定】してみる。
炭水化物やナトリウムなどの成分に混ざって『ジフェンヒドラミン』が検出された。
つまり睡眠薬入りだ。
ふーん、ちゃんと考えてるじゃん。
まあ、俺には【状態異常耐性】があるから、スキルを停止するか、魔力切れでもしない限りはこのまま飲んでも効かないんだけど。
一口含むと⋯⋯うーん、とってもケミカル。
これはリアクションしない方が不自然だ。
「なんかこの酒、苦くない?」
「そうなんだよ。不思議な苦味あってさ、これが後引くんだよなぁ」
引くかぁ!
明らかに不自然な味だよ、もっと味が混ざって分かりにくいカクテルとかにしろよ、もう、バカ!
「そっか、あまり日本酒飲まないからなぁ⋯⋯こういうもんか」
そのまま、不味い酒をごくごく飲む。
五分ほど経過、そろそろいいか。
「あー、ヤッパリ日本酒は効くなぁ⋯⋯ごめん、ちょっと横になっていい?」
「相変わらず弱いなぁ、わかった、ちょっと布団敷くからさ」
鷹司は文句を言いながらも、ちょっと嬉しそうに和室に向かった。
「ほら忠之、横になれよ」
「うん、ごめん⋯⋯ちょっと楽な格好したいから、シャツとパンツになっていい?」
「はぁー? もう、仕方ねぇなあ」
ふっ、その方が都合が良いくせに。
和室に向かい、Tシャツとトランクス姿で布団に入る。
しばらくして寝たふりを開始した。
「スースー⋯⋯」
「忠之、忠之?」
「スースー⋯⋯」
「寝たみたいだな」
ホッとした様子で、鷹司が呟いた。
「うん、でも眠りが浅かったりするかもよ」
「大丈夫、さっきの酒に睡眠薬入れたから」
「えっ⋯⋯大丈夫なの?」
「大丈夫だろ、じゃあ脱がせるぞ、香苗、忠之の足持ち上げるから、パンツ下ろしてくれねぇ?」
鷹司の言葉に、香苗はしばらく返事をしなかったが⋯⋯少し躊躇いを滲ませるように囁く。
「ねぇ⋯⋯やっぱり、こういうの止めない?」
「えっ、何で?」
「なんかさぁ、忠之に悪いかな、って⋯⋯」
ふふふ、そういう事を言い出す可能性は感じてたよ。
ただ、これはあくまでも俺の予想にはなるが、決して悪気なんかじゃあない。
今日1日で香苗の、俺に対しての評価が著しく上がったのだ。
だからこそ無意識に、俺に嫌われるような行動を避ける選択をしようとしてるってだけ。
まあ、今更だけどな。
そして、次の鷹司の行動は読みやすい。
「じゃあ、どうするんだよ。子供⋯⋯堕すのか?」
「⋯⋯だって、鷹ちゃんとは結婚できないじゃん」
「何だよ、それ。あれか? 忠之がちょっと痩せて、まあ、それなりに格好良くなって、羽振りが良くなったからって、俺との関係を無かった事にして、アッサリ乗り替えるって事?」
うーん、営業マンらしい理詰めだねぇ。
だけど鷹司、男の嫉妬は見苦しいぜ?
「違うって、そういうのじゃないじゃん」
「⋯⋯香苗、俺だって、お前と結婚できなかったのは辛かったんだって。わかってるだろ? お前が忠之と付き合ったから、友達関係とか世間体考えて、仕方なく俺も美沙と結婚したんだからよ」
「それは、わかるけどさぁ⋯⋯」
「頼むよ。前回お前に子供を中絶させたのだってさ、普通にしてたけど、俺も辛かったんだよ⋯⋯」
「じゃあさ、なんで『今回も堕ろすのか?』とか平気で言えるの? できるだけ普通にしてたけど、私傷ついたよ?」
「いや、全然平気じゃないって。だけどよ、それで『産んでくれ』とか言う資格はないじゃん、俺、それはさすがにさ」
「そういうの、資格とかじゃなくてさぁ」
「じゃあ、言うよ。香苗、俺の子供産んでくれよ。忠之にはそりゃ、悪いけどよ。二人の為にも、お腹の中の子供の為にも、これが一番なんだって」
なーにが『これが一番』だよ!
もうコレ、殺して良くないか?
要は、二人とそのガキの幸せのために、俺を犠牲にするって事じゃん。
俺はおまえ等の生け贄か?
つってもまあ、この展開は想定の範囲内だけどさ。
いままで、一緒になって俺をバカにしていた香苗の心が、次第に変化しつつある、という事を鷹司も何となく感じているのだ。
人間ってのは、自分の物だと思ってるものをいざ失う可能性を感じると、逆に強く執着しがちだ。
だからこそ、香苗は自分の女だという証が欲しい。
俺よりも、自分を優先させたい。
バカだなー。
冷静になれば分かる事だが、既婚者が、不倫の結果相手に子供を産ませるなんて、リスクの塊じゃん。
だから本来なら、香苗が中絶するって言うなら、鷹司にとってはそれが一番のハズ。
だからこそ、香苗の『今回は産みたい』って話に、何とか妥協案として、忠之の子供として、なんて話をコイツもしたハズなのだ。
なのに、今は逆になっている。
それは鷹司が『欲しがっている』からだ。
『忠之に、俺の子供を育てさせている』という、優越感に浸れる、何とか俺を見下す材料を⋯⋯な。
まあ焦っている、と言い換えてもいい。
俺の容姿や、どうやら稼いでそうだって事実や、香苗の、変化しつつある態度にな。
⋯⋯とまあ、全部俺の予想でしかないが、遠からずって所だろう。
──などと状況を分析していると、鷹司から驚きの一言が飛び出した。
「なあ、香苗⋯⋯やろうぜ、ここで」
「えっ⋯⋯」
「いや、俺やってみたかったんだよ、寝てる彼氏の前で⋯⋯みたいなヤツ」
その気持ちはわからんでもないけど!
ここで始められたら、流石に俺も自分を抑える自信ないよ?
まあ香苗を抱いて、なし崩しというか、有耶無耶にしたいんだろうなぁ。
「いや、そういうの、ヤダよ⋯⋯」
香苗、頑張って拒否しろよ?
大袈裟じゃなく、おまえ等の命がかかってるからな?
「えーっ? お前のヤダは信用ならないからなぁ?」
「ちょっと、鷹司、ヤダ⋯⋯マジでやめてッ!!」
香苗がまぁまぁの声量で拒否した。
鷹司くん、無理強いしては行けないよ?
俺が起きちゃうからね。
鷹司は焦った様子ながらも、小声で食い下がった。
「分かった、分かった! ⋯⋯なら、寝室なら良いだろ?」
鷹司の提案に、香苗は少し考えてから小声で答えた。
「まあ、それなら⋯⋯」
するんかーい! 言うてね。
結局やるんかーい! ってね。
まあ、それもありえるな、って思ったから、寝室にもビデオカメラ仕掛けた訳だけどさ。
ま、二人が頑張ってる間、俺は少し寝ますかね。
うーん、良い映像が撮れるといいなぁ⋯⋯。
──────────────────
二人が二階に行ってから一時間ほどだろうか。
階段が
【兎の耳】を発動。
どうやら二人は、浴室でシャワーを浴びてるらしい。
夕べはお楽しみでしたね、あ、今夜か。
しばらくしてから、二人は俺が寝ている和室に戻って来た。
「じゃあ、脱がせるぞ」
「うん⋯⋯」
二人は布団を剥いでから、俺の服を脱がしにかかる。
いやーん。
布団の中で素っ裸にされると、隣に香苗が入って来た。
「じゃあ、また朝な。うまくやれよ」
「うん」
鷹司は和室を出ていった。
俺は当然、そのまま寝たふりを決め込んでいたのだが⋯⋯。
香苗が俺の身体をペタペタと触り始めた。
やっば、くすぐってぇ。
やめてぇ。
「忠之の身体、凄い⋯⋯なんか、若い頃のお父さんみたい⋯⋯」
あー、そういう事かー。
香苗のスポーツマン好きは、お父さんの影響だったか。
盲点だった。
しばらくしてペタペタを止めた香苗は、俺の手を握り、小さく呟いた。
「ごめんね、忠之⋯⋯」
⋯⋯うーん、こちらこそごめんなー香苗。
俺、異世界でクズ見過ぎてスレちゃってさ。
自分の罪悪感を軽減したい、みたいな意識で言われた謝罪なんて、むしろ腹立つようになっちゃったんだよね。
まあしばし、悲劇のヒロイン気取っててね。
キッチリ悲劇見せてやるからさ。
──────────
朝6時、そろそろ良いかな。
俺は起き上がって、腕を伸ばした。
「ふぁーっ⋯⋯えっ、香苗!?」
ワザと驚いたように声を上げる。
香苗はそれで目を覚ましたのか、布団で胸元を隠しながら、俺を向いて起き上がった。
「忠之⋯⋯おはよ。もう、初めてが鷹司の家でなんて⋯⋯何か照れるね」
「えっ? えっ?」
「ちょっと⋯⋯覚えてないの? あのあと鷹司も酔いつぶれたんだけど、寝てる忠之が心配で私が見に来たら、忠之が腕を掴んで強引に⋯⋯」
「マジで⋯⋯あ、ごめん⋯⋯」
「ううん、でも私、ちょっと嬉しかったから⋯⋯覚えてないの、残念だな」
二人で話してると、和室の襖が開かれた。
鷹司は俺達を見て声を上げた。
「ちょ、二人とも何だよその格好! あ、お前らさー、人んちでやんなよな!」
「あ、ちょっと、鷹司! 私服着て無いんだから! 閉めて!」
「あ、わりーわりー! でもお前の裸見たって興奮なんかしねーよ!」
「何ですって!」
「おーこわ、じゃあ二人とも早く服着ろよ!」
鷹司は俺達に命令するように言うと、ピシャリと襖を閉めた。
いやぁ全部知ってると、コイツらの演技キッツイわぁ⋯⋯。
「もう⋯⋯せっかく初めての朝なのに⋯⋯ムードも何も無いね。忠之、服着て帰りましょう?」
「うん、そうだね⋯⋯でも、その前に⋯⋯」
俺は香苗を抱きしめて、耳元で囁いた。
「ごめん、順序ちょっとおかしくなったけど、ちゃんと責任取るから」
俺の言葉に、香苗も背中に手を回して来た。
「⋯⋯うん」
「香苗⋯⋯愛してるよ」
「うん、私も⋯⋯」
いやぁ、着々と積み上がってきましたねぇ。
でもさ、俺、期待はしてなかったけど、1%くらいは想定してたんだよ。
名刺入れ渡した時さ。
鷹司の奴が申し訳なさから、俺に事実を白状しはじめて、謝ってくる、みたいな展開をさ。
そしたら許しはしないけど、ちょっと手心加えてやろうかな、ってさ。
まあ、一切無かったね。
だから俺も全力出すぜ?
あと少し、あと少しだ⋯⋯!
頑張れ、俺!
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