第17話 残念勇者は忍び込む
車が出発してからしばらくして、運転席の鷹司に声を掛けた。
「ごめん、ちょっと腹の具合がおかしくなった⋯⋯トイレ行きたいから、コンビニ寄ってくれね?」
「はあ? ウチまで我慢できねぇ?」
「悪い⋯⋯ちょっと無理そう」
「仕方ないのぅ」
コンビニに停車して貰い、トイレに駆け込む。
施錠してから【転移】スキルを発動した。
移動先は鷹司の家。
【アイテムボックス】から『万能鍵』を取り出し、素早く中へと侵入。
中から施錠しなおし、酒盛りの舞台となるであろうリビングに移動した。
再び【アイテムボックス】を発動し、『万能鍵』をしまいつつ、中から別のアイテムを取り出す。
アイテムといっても、異世界の物ではない。
ビデオカメラだ。
ナイトモード搭載により、僅かな光でも綺麗な映像を撮影しつつ、バッテリーは大容量で連続12時間録画可能な優れものだ。
表参道からの帰りに、渋谷の量販店で同型機種と、この機種に使えるBluetooth対応ワイヤレスリモコンをそれぞれ三台ずつ購入してある。
Bluetooth自体は既に設定済み。
リモコンの録画ボタンを押せば、すぐに撮影開始だ。
次に【罠師】のスキルを発動した。
「よし⋯⋯ここだな」
スキルによって発見した、テレビ台の隙間にビデオカメラを設置する。
【罠師】は、罠の作成はもちろん、どこに罠を仕掛けるべきかの判断力を向上させつつ、設置した罠自体を、魔力による妨害で視認させ
同じ【罠師】スキル持ちか、よっぽど勘の良い人間なら気付くが、一般人、特に危機感の無い現代人では、設置された罠を見抜く事は困難だろう。
リビングの他には、隣接した和室、あとは念のため二階の寝室にそれぞれ一台ずつ設置。
今日この家で行われる飲み会、その一部始終を記録しておこうという寸法だ。
所要時間は約三分。
作業を終え、再び【転移】を使用してコンビニのトイレに戻る。
そのまま車に戻ると、香苗が心配そうに聞いてきた。
「大丈夫? お酒飲めそう?」
心配だよねぇ?
だってお酒飲めないと、計画が白紙に戻っちゃうもんね?
「うんありがとう、大丈夫。お腹壊した訳じゃなかったみたいだから」
「よし、じゃあ出るぞー!」
心なしかホッとした様子の鷹司が掛け声を上げ、コンビニの駐車場から車は出発。
その後は予定通りスーパーで買い物した。
──さあ、茶番劇の撮影会スタートだ。
──────────────────
スーパーで買い込んだ食材をテーブルに並べ、酒盛りの準備ができた。
現在時刻は19:00。
朝7時まで録画できれば充分だろう。
Bluetoothの有効距離は実験済みだ。
この家の中なら、どこで押しても大丈夫。
ではそれぞれの撮影、スタート!
左ポケット内で順番にリモコンを押しつつ、右手のスマホで動画を再生。
大音量で音楽が流れ始める。
ビデオカメラの撮影開始音を誤魔化すためだ。
「わ、ごめん、音出てた」
「おいおい」
「すぐ消すわ、ゴメンゴメン」
動画を消し、スマホはポケットにしまった。
「んじゃ、まずはビールからな」
仕切りたがりの鷹司が、各自の前にビールを置いた。
「あー、私、最近ちょっと胃が荒れてて⋯⋯今日も薬飲んだから、お酒はパス。さっきコレ買ったから」
香苗が麦茶を鷹司に見せる。
⋯⋯あー、そういう事ね。
俺は表情にも、もちろん声にも出さず心の中で得心していると、鷹司は不思議そうに言った。
「一本くらい大丈夫だろ? 酒好きのお前らしくないな」
確かに香苗は酒豪だ。
いつもなら三人の中でも、一番酒量が多い。
「いや、本当に、大丈夫だから」
「いやー、せっかくなんだしさ」
鷹司が無理に飲ませようとする様子に、俺は助け舟を出すことにした。
「まあまあ。いいじゃんたまには、男同士の差し飲みってのも」
「だけど⋯⋯」
「ごめん、ちょっと御手洗い借りるねー」
香苗が立ち上がる。
その手に握られたスマホには気付かないフリしつつ、俺はビールの蓋を開けた。
「ほら、今のうちに2人で乾杯でもしようぜ」
「んー、でもなぁ」
コイツバカなの?
俺が呆れていると、テーブルに置いてあった鷹司のスマホが通知で揺れた。
「ほら、奥さんから連絡じゃない?」
鷹司がスマホを取り上げ、確認する。
「ああ、嫁さんからだった。明日昼過ぎに帰って来るって」
「そっか」
そんな話をしていると、香苗がトイレから戻って来た。
「お待たせ、乾杯終わった?」
「いや、まだだけど。確かに薬飲んでるなら酒は止めといた方がいいな。じゃあ忠之、乾杯!」
「乾杯ー!」
俺と鷹司がビールを、香苗がお茶を前に出す。
⋯⋯つーかさ、そういうの打ち合わせしとけよ。
妊婦だから、酒飲まねーんだろ?
んで鷹司、それはお前のガキだろうが。
初めてならともかく、お前息子がいるならわかるだろ。
トイレからメッセージ送ってもらってようやく気付くようじゃあさぁ⋯⋯。
うまくやって貰わないと、俺の計画も支障が出るんだから。
おまえ等の悪巧みを、俺に介護させるなよ、ったく。
これだけザルだと、もう少しお膳立てが必要だな。
「そうだ、鷹司に渡したい物があったんだよ」
「えっ、何だよいきなり」
俺は鞄から荷物を取り出した。
香苗に渡したのと同じ、ジル・ライトニングの紙袋だ。
「えっと、何これ?」
鷹司はこのブランドを知らないらしい。
「えっ、鷹司にも買ってきたの?」
「鷹司にもって、香苗も貰ったん?」
「うん、それジル・ライトニングっていう私の好きなブランドなの」
「ブランド? なら高いんか?」
二人の話に、俺は笑いながら割り込んだ。
「まぁまぁ、値段の事は良いからさ、開けてみて」
「ん? おお⋯⋯」
鷹司が紙袋を開け、中身を取り出す。
ジル・ライトニングのロゴが入った名刺入れだ。
「鷹司は営業だから、名刺を渡す機会も多いだろ? だから良いかなって思ったんだよね」
「おお、今使ってるの古くなってたからありがたいわ」
知ってるよ。
お前の姿を借りた時に見てたからな。
だからこれをチョイスしたんだ。
「ちなみに⋯⋯これ幾らするん?」
ふふふ、鷹司。
お前はそういうの聞いちゃうやつだよな。
まあ、あとでコソコソ調べるよりも、男らしいっちゃらしいけどな。
「ジル・ライトニングの名刺入れなら⋯⋯四万円くらいじゃない?」
「おっ、香苗ビンゴ。42800円」
「はあ、これそんなするんか!?」
具体的な金額を知り、鷹司が驚く。
そして、香苗が値段を言う流れを作ってくれるだろう、ってのも想定済みだ。
「いや、こんなん貰えんわ⋯⋯」
「いや、受け取ってくれ。これ⋯⋯感謝の印だから」
「感謝?」
「うん、ほら⋯⋯香苗って、可愛いじゃん?」
「ちょ、忠之、何いきなり⋯⋯」
香苗に視線を送りつつ言うと、満更でも──どころか、かなり嬉しそうだ。
たぶん以前なら、ここまでの反応はしなかったはずだ。
そして、それは目の前の鷹司も感じるハズだ。
面白くないだろ? 鷹司。
「だから、俺、離れてるのヤッパリ心配なんだよ。他の男に手を出されないか、って。そこを鷹司が見張ってくれてるってのが、俺にとってすごい安心材料なんだよね」
「まあ、そりゃあ⋯⋯そうかも知れんけど」
何がそうかも知れんけど、だよ。
いけしゃーしゃーと言いやがるぜ。
「で、まあお前だから言うけど、そこそこ臨時収入もあったし。それで、普段の感謝を示したいと思ってさ」
「臨時収入?」
「なんかね、投資で儲かったんだって。でも幾らかってのは私にも教えてくれないのよー?」
「⋯⋯ふーん。なら遠慮無く貰っとくわ、ありがとうな、忠之!」
「おう!」
笑顔で鷹司は礼を言ったが──内心面白くないだろ?
嬉しそうな香苗の反応も。
俺が稼いでて、しかも高い物贈ってくる事も。
お前にとって俺は、ちょっと見下せる存在でいて欲しいもんな?
追体験で見た、香苗とのメッセージアプリのやり取りで、お前の心理はお見通しだ。
『スポーツマンの俺とは違って~』
とか
『勉強だけのアイツと違って~』
つって、見た目やら何やらが、自分の方が優れたオスだって香苗にアピールしてたもんな?
どうする? どんどん無くなっちゃうぜ?
俺を見下せる材料がよぉ。
そしてその事が、お前の判断を狂わせるんだよ。
ふっふっふっふっふっ。
──────────────
酒が進み、鷹司も少し酔っ払って来た。
俺は酒を飲みつつも、一切酔っていない。
スキル【超代謝】で、アルコールをすぐに分解しているからだ。
実は俺がたった一年でここまで痩せたのは、このスキルのお陰だ。
それはRPGなどで言えば『裏技』的な利用方法で、鍛錬→食事→【超代謝】→鍛錬→⋯⋯とループさせることで、短期間で肉体を強化したのだ。
長時間使用すると餓死の危険もあるが、アルコールの分解なら一瞬で済む。
元々酒に強くはないが、顔にはあまり出ないので、酔ったフリしつつシラフでいられる。
「おまえ等もはよ結婚せーや」
「えっー、私はいつでも結婚していいと思ってるんだけど」
チラッチラッと二人が俺の反応を見てくる。
いやこれ、シラフだときっついな、下手くそか!
マジで、この後ちゃんとやってくれよ?
頼むよ、もう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます