第16話 残念勇者は芝居する
水野さんは彼氏とのデート前に、急遽香苗に呼ばれたらしい。
もうそちらに向かうとのことだ。
「あー、せっかくだしもう少し話したかったなー! 東村くん、またね!」
「うん、デート前にわざわざありがとうね」
「あー、その返しもなんかイケメーン」
「ちょっと! さっさと行きなさいよ!」
香苗の注意を聞き流し、水野さんはこちらに笑顔で手を振りながら去って行った。
今まで『またね』なんて言われた事が無いな。
どうやら好感度がアップしたようだ。
彼女の姿が見えなくなると同時に、香苗がしびれを切らした様子で聞いてきた。
「で、どういう事? 何でそんなにお金ポンポン使ってるの?」
おっと、そうだった。
話しとかないとな、俺が考えた真っ赤な嘘。
俺はワザと周りを見渡した。
ふふふ、グリーン車のお姉さんの教えだ。
演出、大事だね!
そのまま、やや声を抑えながら深刻そうに言った。
「香苗にだから言うけど」
ここで、特別感をアピール!
「うん⋯⋯何?」
「実はさ、学生時代からちょっとずつ貯金しててさ。将来香苗と結婚する時のお金」
「あ⋯⋯うん、ありがとう」
おっ、なんだぁコイツ、ちょっと嬉しそうだぞ?
結婚なんかしないのに! ははは。
「で、一部を株式とか、現金以外で運用してたんだけど⋯⋯
「いや、金くらいわかるって。何よピカピカって」
「あれ、ちょっとだけ先物で買ったんだ」
「えっ⋯⋯先物って、なんか怖いヤツって聞くけど。めちゃくちゃ借金残ったりって漫画で見たよ?」
「うん、知り合いに勧められて断りきれなくてさ⋯⋯そしたらロシアとウクライナの戦争始まっちゃって、金の値段がめちゃくちゃ上がっちゃってさ、結構利益出たのよ。そのあと怖くてもうやめちゃったんだけど」
俺の説明に、香苗は何か飲み込むように喉を動かし、言葉を絞り出した。
「⋯⋯利益って、どれくらい?」
「たぶん引くから言えない」
「はっ?」
「いや、本当に。何なら俺自身がちょっと引いてるから⋯⋯あまり噂を広げたくないんだ、変な勧誘とか来そうだし⋯⋯」
「えっー? 私の事信用してないの?」
うんゼロだよ?
君の信用、ゼロ!
「もちろん信用してるよ。でも、あまりペラペラ言うもんでも無いかなって。もちろん、結婚したら資産は教えるけどさ」
「じゃあ今教えてよ。どうせ私達結婚するんだから」
しないよ?
「そうだけど、ごめん。本当に今言えるのは⋯⋯香苗をお金の事であまり苦労させないと思う、って事ぐらい」
「⋯⋯ふーん」
「本当にごめん、もったいぶった言い方で⋯⋯正直、俺も怖いんだよ⋯⋯口にするの」
「⋯⋯まあ、良いけど。結婚したら、ちゃんと教えてね?」
うん、結婚したらね。
でもしないから、教えないよ?
香苗、悪いんだけど俺の金は1人用なんだ。
「もちろん。あ、あと母さんとかにも内緒ね? 身内だからって、こういう儲かったみたいな話、あんまり広げたくないからさ」
「なんで?」
「心配しそうじゃん、色々」
「私だって心配だよ、先物とか⋯⋯」
「うん、だからもうしない。手持ち資金は全部現金化したから」
「それなら良いけど⋯⋯」
とりあえずはこれで良し。
具体的な金額を言うと、ボロが出るかも知れないしな。
そして母さんにも内緒、と言えば、君は特別だよって感じもさらに出るハズ。
今はまだ、香苗も現実感に乏しいだろう。
だからこれから、少しずつ調教してあげるよ。
贅沢な夢を見る、って調教を⋯⋯ね。
──────────────
自宅に荷物を置き、ついでにうちの両親に雑にあいさつしてから、俺たちは香苗の家に向かった。
夕方に鷹司が迎えに来てくれるとの事で、それまで香苗の家で過ごす。
駐車場に車を停め、梁島家へと入る。
「ただいまー!」
「お邪魔します」
玄関に入ると、香苗のお母さんが出迎えてくれた。
「おかえりー、あれ、忠之君! ぶち格好よーなっちょーやないの!」
「そうですか?」
「最初、誰かわからんかったっちゃ! 香苗が別の男連れてきたんかと思ったけぇねぇ」
「ははは。新山口でも、香苗に置き去りにされる寸前でした」
「もう! それいいから! お父さんは?」
香苗の質問に、お母さんは左手の拳の上に右手の拳を縦に重ね、右手をやや激しめに、前後に動かすような仕草をした。
「庭でこれしよるよ」
「あー、素振り? もう、忠之くる前にそんなのしなくていいのに」
香苗が家に入るのに合わせ、俺も靴を脱ぎ、お邪魔する。
昔から出入りしているので、あまり抵抗感はない。
一階の和室に入ると、香苗の父親である梁島剛毅が、上半身裸になり庭で竹刀を振っている姿が見えた。
「もー、お父さん! 何で和室開けっ放しにしちょるん? 忠之来るのに寒いやんかぁ!」
「おー、スマンスマン。ちょっと換気しちょこうと思ったらそのまま忘れちょったわ、ははは」
いやー、しかしもう五十代だってのに、相変わらず凄い身体だな。
それもそのハズ、香苗のお父さんは日本でも七百人ほどしかいないとされる剣道八段だ。
若い頃は何度も全国大会に出場して優秀な成績を収め、今は本人も警察官として、後進を指導している立場の人間。
異世界で戦いに明け暮れたからこそ、剛毅さんの強さが前以上に分かる。
あっちで優秀とされた戦士、剣士たちと比べても、スキルを抜きに考えればかなり上位のレベルだ。
っと、いかんいかん。
ついついバトルモードに入っていた。
クセになってんだ、相手の実力を測るの。
剛毅さんと目が合う。
俺は頭を下げて挨拶した。
「ご無沙汰してます」
「⋯⋯忠之くん?」
「はい、そうですけど⋯⋯何かみんな痩せたら分かんなくなっちゃったみたいで、ははは」
俺は頭を掻きながら笑いかけたが、剛毅さんの表情は変わらない。
俺の全身をチラッと観察すると、不思議そうに言った。
「何か武術始めたんかねぇ?」
「え、いや、特には⋯⋯ジムで身体鍛えてるくらいで」
「あの芸能人とかが行きよるジムあるやん? あそこに1ヶ月通ったら痩せたんだって!」
香苗の言葉に、剛毅さんはますます腑に落ちないと言った表情になった。
「1ヶ月⋯⋯? ふーん⋯⋯」
うーん、まずいな。
フォローしとくか。
「そんなに変わりました? 正直自分じゃそこまで分からないんですよ、毎日見てるから」
「うん、ぶち変わっちょる。痩せたんもそうやけど、何か前より姿勢がようなっちょる。やけぇ武術始めたんかぁなぁ思ったんよ」
「あー、そこはトレーナーさんにも言われて、結構意識してます。姿勢が悪いと体幹が鍛えられないから痩せにくいですよ、って」
「なるほど、ええトレーナーさんやね」
「もー、寒いけぇ閉めるよ?」
俺たち二人の話に、香苗が辟易したように不満を口にした。
「おー。お父さんはもう少し素振りするけぇ。忠之君ゆっくりしてってぇやぁ」
「はい、ありがとうございます⋯⋯」
──と。
剛毅さんが、俺に向けて竹刀を振ってきた。
反射的に、戦闘用のスキルを幾つか起動した。
【鷹の目】【身体強化
竹刀が届くまでのコンマ数秒、脳内に数万通りの選択肢が思い浮かぶ。
そして、最適な選択肢は──。
頭上で寸止めされた竹刀を見上げながら、身体をビクッとさせつつ、腕を少し持ち上げた。
まあつまり『いきなり竹刀を振り下ろされて、ビビってる男』を、全力で演じた。
「ちょっと! お父さん何しちょるん!」
香苗の怒声に、剛毅さんはちょっとだけ気まずそうにした。
「いや、何かおかしいなぁ思って⋯⋯気のせいやった。ごめんなぁ、忠之君」
「いやー、ビックリしましたよ⋯⋯勘弁してください」
「もうええ? 窓閉めるよ? 素振りしとる姿見えたら落ち着かんけぇ、カーテンも閉めるけぇね?」
そのまま了解を得る事もなく、香苗が窓とカーテンを閉める。
同時に、お母さんがお茶とお菓子を運んで来た。
「寒いやろ? ごめんねぇ、今暖房いれるけぇ」
「お父さん、いきなり忠之を竹刀で殴ろうとしたんよ?」
「えー、ほんとぉ。ごめんねぇ、あとで怒っとくけぇ」
「いやいや、大丈夫ですよ。ちょっとした冗談だと思います」
出されたお茶を飲みながら、さっきのやり取りを反芻する。
──やはり【スキル】は強力だ。
純粋な技量ならともかく、スキルさえ駆使すれば、恐らくこっちの世界の達人相手でも、近接戦闘なら子供扱いできる。
それが判ったのは一つの収穫、という事にしておこう。
──────────────
夕方まで梁島家で過ごした。
その間、剛毅さんはずっと裸で素振りしていた。
外からクラクションが軽く鳴らされる音がした。
「あ、鷹ちゃん来たんじゃない?」
二人で家の外に出ると、つい先日運転した営業車が停まっていた。
「ならお母さん、行ってくるけぇ」
「お邪魔しました」
玄関まで見送りに来たお母さんに挨拶し、鷹司の車に乗り込む。
運転席から振り返った鷹司は驚いた様子だ。
「おー、忠之! ちょ、お前痩せたな!」
「みんなそれ言うんよ」
「んじゃ鷹ちゃん、どっかスーパー寄ろ?」
「おお。きょうかみさんいないから、食い物も結構買おうぜ」
「えっ、美沙ちゃんいないの? 淳司くんは?」
「二人とも実家に帰っちょるわ、急に来いって言われたんやけど、俺だけ友達来るって言うて断ったんよ」
「はあ? お前息子の顔見ろって言って、デート邪魔したんやろうが」
「まあええわーや、たまには友達も大事にせーや」
「わかったよ、本当お前さー」
「さー言うて、また東京の人気取るなーや」
「わかっとるっちゃ、出るんやけぇしょうがないやろーが」
俺たち二人のやり取りに、香苗がクスクスと笑った。
「本当二人、仲ええねぇ」
「おー、そりゃ親友やけぇ。のう、忠之」
あー、この場でもう一回殺してぇ。
クビ捻りあげで、泣き叫ぶ香苗の姿見てぇなぁ。
やっちゃおうかなぁ⋯⋯いや、いかんいかん。
「おお、親友だよ」
俺の言葉に、鷹司は満足そうに頷くと、前を向いてハンドルを握った。
「んじゃ出すけぇのー、シートベルトせぇよー」
──親友気取りの裏切り者が運転する車は、目的地へと出発した。
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