第15話 残念勇者は帰省する
帰省にはグリーン車を利用する事にした。
【転移】すれば楽だが、金を使う事と、それによって得られる体験に慣れておきたい。
東京→新山口間で、普段利用する自由席プラス約10000円だ。
東京は始発なので、今まで自由席でも座れないみたいな不便は無かったからな。
初めてのグリーン車。
シートが広いのもそうだが、何より手すりのしっかりした感じが快適だ。
しかも早い時間だからか、俺しかいないというのも特別感がある。
まあ、これは時間帯や日によるだろうが。
「お客様、おしぼりをどうぞ」
「ありがとうございます」
へーっ、おしぼりなんて配ってるのか。
せっかくなので顔を拭いてみるか。
えっ、なにこれ、拭き心地最高なんだけど!
しかも分厚いぞ! さすがグリーン車、レベルが違うぜ⋯⋯って、おしぼり一つで感動してしまった。
しばらくして幾つか駅を通過した頃、またお姉さんがおしぼりを配りにやってきた。
「すみません」
「はい」
「グリーン車に乗るの初めてなんですけど、このおしぼり凄いですね。ちょっと感動しました」
俺の言葉に、お姉さんはにっこりと笑った。
「はい、私も初めて使った時ビックリしました」
「すみません、図々しいお願いなんですけど⋯⋯友人にも見せたいので、三つほど頂いても良いですか?」
お姉さんは少しキョロキョロしたあと、おしぼりを俺に三つ差し出しながら言った。
「特別ですよ?」
「ありがとうございます」
やった、おしぼりゲットだぜ!
いや、庶民くさかったかな。
セレブへの道は遠い⋯⋯まあ、別に目指してもないけど。
しかし、本当に特別なのか、言えば普通に貰えたのかわからないが、あのキョロキョロだけで特別感が演出されたな。
ジル・ライトニングのお姉さんもそうだったが、接客のプロってのは凄いもんだ。
手をつないだり、おしぼりの渡し方一つでも人を感動させられるんだから。
新山口への到着時間を香苗にメッセージすると、『了解!』と返事が返ってきた。
実家の最寄りは湯田温泉駅だが、乗り換えが一時間に一本しかないので、新山口まで車で迎えに来てくれるのだ。
さて、到着すれば開戦。
休める時には休む、これも戦場の嗜みだ。
靴を脱ぎ、備え付けのフットレストに足を乗せ、しばし眠る事にする。
異世界では野宿も多かったなぁ、それに比べたら天国だ。
移動が快適ってのは、確かに高い金を払うだけの価値があるね。
まあ、【転移】の便利さには敵わないんだけども。
──────────────────
新山口のロータリーで待っていると、香苗の車がこちらにやってくるのが見えた。
赤のホンダN-oneだ。
運転席に座る香苗と目が合った。
手を振ろうとしたが、車はそのまま目の前を通り過ぎ⋯⋯3メートルほど進むと停車し、バックで戻ってきた。
俺が車に乗り込もうとする前に、運転席から香苗が慌てたように降りて来た。
彼女は前まで来ると、俺を下から上に眺めた。
「どうしたの?」
「⋯⋯えっ? やっぱり忠之⋯⋯なの?」
「いや、そうだよ?」
「うそ⋯⋯だって、めちゃくちゃ痩せちょるやん」
おっと。
香苗は俺と話す時は最近標準語だが、思わず方言が出るほど驚いてるみたいだ。
ここは俺も方言で返すか。
「ほんとっちゃ。最近ちょっとジム行きよったけぇさぁ」
「ジム行っちょったって⋯⋯正月に帰ってきて1ヶ月しか経っちょらんやん」
あ⋯⋯そっか。
流石に1ヶ月だとおかしいか、でもここはごり押ししないと。
「テレビでCMしちょージムあるやろ? あそこ行ったらすぐ痩せたんよ」
「はー⋯⋯凄いんやねぇ、たまに芸能人とかすぐ痩せるってやっとるけど、ヤラセかと思っちょったわぁ」
よし、何とか信じたようだ。
俺が内心でほっと胸を撫で下ろしてると、香苗はハッと何かに気付いたように、俺のコートを掴んだ。
「ちょっと待って、正月とコート違う⋯⋯このコート高いでしょ?」
おっ、流石だね。
やっぱり見る人が見ると気付くもんなんだな。
俺、他人がコート変えたなんて絶対気付かないわ。
「前に香苗に教えて貰った、ジル・ライトニングのヤツだけど」
「はぁあああああっ!? ジル・ライトニング!? じゃあ四、五十万したんじゃないの!?」
すげーな、わかるんだ。
「あ、うん、498000円」
「するよね! そのくらい! お金どうしたの!?」
「あー⋯⋯まあ、立ち話も何だし、車乗らない?」
「⋯⋯うん、そうね」
二人で車に乗り込むと、香苗は少しスマホを操作してから運転を始めた。
しばらくして、彼女は前を見ながら言った。
「⋯⋯忠之さ、まさか浮気とかしてない?」
そりゃおめーだろ!
⋯⋯って言いたくなるのをグッとこらえながら、俺は逆に笑った。
「何言ってんだよ、俺が香苗一筋だって知ってるだろ?」
「まあ、知ってるけど⋯⋯」
「だいたい、何で浮気したとか思うの?」
俺が質問したタイミングで、赤信号に捕まった。
車を停車させた香苗が、勢いよくこちらを向いた。
「だって、何か格好良くなってるし! 雰囲気違うし⋯⋯落ち着いてるっていうか、何か急に大人の男って感じなんだけど!」
うーん。
痩せた事もそうだけど、異世界で命のやり取りしてたせい⋯⋯なのか?
「良かった、香苗にそう思って貰いたくて頑張ったから、痩せた甲斐があったよ」
「本当に、浮気とかしてない?」
「してないって。ほら、青だよ」
香苗は再び前を向き、運転を始めた。
しかし、浮気する人間は相手の浮気を疑う、なんて聞いた事あったけど、マジだな。
しかし⋯⋯改めて思わされた。
香苗は強敵だ。
仕草や言動、その一つ一つが、俺に『やっぱりコイツ可愛いな』と思わせる魔力を持っている。
そりゃそうだ。
人生の大半、コイツの事が好きだったんだから。
だからこそ、今でもあの追体験なんて夢であって欲しい、そう思ってしまう。
だが、あれは現実なのだ。
こんなふうに接しながらも、裏で鷹司と共に俺をバカにして笑っている。
それがこの女の本性なんだ。
だから、心に刻まなければ。
香苗を可愛いと思う分だけ、俺は裏切られ続けているのだ、と。
そして、香苗の反応から見るに、俺の思惑は取りあえず成功しつつある。
前哨戦は制した、と思って良さそうだ。
──────────────
一旦俺の家まで送ってくれる予定⋯⋯だったはずだが、香苗が車を止めたのは、都内でも有名なコーヒーチェーンだった。
地方だと、駐車場があるのだ。
「ちょっとお茶していこ? 色々聞きたい事もあるし」
「うん」
休日のためかそこそこ混んでいる。
香苗に席を取って貰ってる間、俺が注文と受け取りを担当した。
ドリンクを持って席に戻ると、香苗の他にもう一人いた。
「あれ? 水野さんどうしたの? たまたま?」
「香苗に呼び出されたんよー。なんか東村くんがおかしい言うけぇ、慌てて来たんよ」
ああ、そういえば車を運転する前にスマホいじってたな。
水野さんは香苗の親友で、俺とも同級生だ。
個人的な付き合いは一切ないが、連絡先くらいは知っている。
まあ、連絡する事はないけど。
「おかしいって、何が?」
「いや、東村くんぶち格好よーなっちょーやん!」
「そうかな?」
「だって締まっとるし、メガネもしてないやん! コンタクトにしたん?」
そういやそうだな。
メガネは異世界でぶっ壊れた。
代替品が無くて困っていると、【鷹の目】スキルを覚えたんだ。
【鷹の目】は視力と動体視力が強化されるから、メガネ不要になった。
「ああ、レーシックの手術したんよ」
「そーなん?」
「えっ、そーなん!? 私聞いてないけど!?」
水野さんに続き、香苗も驚いている。
香苗はそのまま、水野さんに耳打ちするようなポーズをしつつ、俺にも聞こえるように言った。
「ほらぁ、やっぱあやしーやろ? 知らんこと多いし、こんなオシャレになっとるし」
「うーん、これは女の影がしますねぇ」
「いや水野さん、そこ乗らないでよ」
いや、参ったな。
メンドクセェ、帰れよ水野。
俺が表はニコニコ、裏で毒を吐いてると、水野さんはウンウン頷き出した。
「いや、香苗の気持ちも分かるよ。だって東村くんほんと格好よーなっちょーもん」
「おだてても、ここのお茶くらいしか奢れないよ? 何飲む?」
「えっ、いいの? じゃあカフェラテトールサイズ!」
「はーい、買ってくるね」
席を外しながら、スキル【兎の耳】を発動。
これにより、強化された聴力で二人の会話を聞く。
『東村くん、ほんと変わったねー。なんか大人の男って感じ』
『うん⋯⋯びっくりした』
『加藤くんより全然いいじゃん、もう不倫なんかやめときなよ』
『ちょっと、それ、忠之に絶対言わないでよ?』
『言わん言わん』
⋯⋯ふーん、水野さん知ってんだ。
なのに連絡先知ってる俺に、一切連絡無し?
つまり君も俺の敵ね、了解。
「お待たせー、はい」
「ありがとー」
飲み物を渡してから、「そうだ」と一言呟いてから、俺は鞄を開けた。
中から紙袋を取り出すと、二人の表情が変わる。
「あ、ジル・ライトニングやん!」
へー、水野さんも知ってるのか。
「そうなんよ、忠之が着てるコートもそうなんよ!」
「いや、違うよ?」
「えっ、だってさっき⋯⋯」
「コート以外も、全部そうだよ?」
「はぁあああ!? 何かオシャレなの着てると思ったら、全部!? 何無駄遣いしちょるん!?」
「いや、車から降りたら説明するつもりだったけど、まさか水野さん呼んでると思わなかったし」
「なら、説明して?」
「まあ、それは、二人になったらね。取りあえず、これ」
香苗に紙袋を渡す。
「えっ、何?」
「開けてみて」
紙袋の封を切り、香苗が中身を取り出す。
「女物の手袋? ジル・ライトニングの⋯⋯?」
そのまま、彼女は手袋を眺めていたが⋯⋯ハッとした顔をして俺を見た。
「何これ、私にくれるん?」
「うん、一生懸命選んだから、喜んで貰えると嬉しいんだけど」
しばらく彼女は放心した様子だったが、やがて喜びを爆発させた。
「ほんと!? 好きなブランドだけど高くて持ってないから⋯⋯ありがとう!」
香苗が手袋を胸元でギュッと握り締める。
その様子を見た水野さんが、羨ましそうに言った。
「いいなー。ねー、東村くん。私には無いの?」
「あるわけないでしょ!?」
香苗のツッコミを、俺は即座に否定した。
「あるよ」
「えっ!? あるの!? うそ!」
「ちょ、ちょっと、忠之⋯⋯」
香苗の心配そうな顔をよそに、俺は鞄に手を入れる。
取り出した白い袋を水野さんに渡した。
「えっ⋯⋯何これ」
「グリーン車で貰ったおしぼり」
「いらんわ!」
「いや、でも凄いんだって。手とか拭いてみて」
「ほんとぉ? あ、凄いしっかりしとーね!」
「だよね?」
俺と水野さんがおしぼりで盛り上がってると、香苗が少しふてくされたように言った。
「えー。私の無いん?」
「もちろんあるよ。手袋はめる前に拭いてみる?」
「うん!」
俺がおしぼりを渡すと、二人はしばらく拭き心地について盛り上がっていた。
香苗、どうだ?
俺はお前の友達の前で、高いプレゼントを贈って、気の効いた冗談が言える、良い彼氏を演じてやってるぞ?
お前にとって自慢の彼氏になってやる。
その方が、お前があとで受けるダメージも増えるからな。
ふっふっふ。
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