第14話 残念勇者はイメチェンする

 表参道の個室美容室で、カットとヘッドスパ、顔の黒ずみ対策らしい超音波ピーリングのコースを受ける事にした。

 異世界生活で髪は痛みまくっているし、その上カットもハサミではなくナイフで適当にちぎってたからな。

 実際コースが始まると、美容師さんも苦笑いしていた。


「はい、終わりました! せっかく格好良いんだから、今後は髪のお手入れもキチンとして下さいね!」


「はい、気をつけます」


 二万円弱の料金を支払い、外に出た。

 いつも千円カットだったから、二十回分か。


 まあ、これも必要な投資だ。


 資金確保が終わったので、次のステップだ。

 これから香苗には色々なものを与える予定だ。

 正確に表現するなら『手に入れたと錯覚させる』⋯⋯といった所だろうか。


 そして、その中には『俺自身』も含まれる。


 今までの俺とはまるで別人となり、香苗の心を鷹司よりも俺に向ける事が重要だ。

 『俺に捨てられたくない』と、香苗が心から思うことが、この復讐に素晴らしい彩りを添えるのだ。


『なんで私、鷹司なんかになびいちゃってたの! そのせいで忠之が私のものじゃなくなってしまう!』


 これ。

 これが重要だ。


 つまり大事なのは──俺自身がイケメンになる事だ。


 人間ってのは損が嫌いだ。

 だから、価値を感じるものを手に入れたうえで不本意に手放すダメージは、一度も手に入らないより辛い。

 そこを踏まえ、香苗に強い喪失感を与えるためにも、俺自身を磨かなければならない。

 万が一俺の事を『イケメン』だと思わせる事に成功したならば、香苗が俺を失った時に感じる喪失感はとてつもなく大きくなる、という寸法だ。


 例えるなら、高校時代にあっさり振った相手が、数年後TVで一流芸能人になっていたら「勿体ないことしちまったー!」ってなるじゃん?

 まあそんな経験ないけどさ、狙いはそんな感じ。


 以前から『忠之せっかく背が高いんだから、痩せたら格好良くなると思うよ!』と香苗に言われていたので、体型に関してはまあ大丈夫だろう。

 異世界生活が結果にめちゃくちゃコミットしまくったので、自分で言うのもなんだが今はまあまあスタイルが良い⋯⋯と思う。


 なので、あとは装備だな。

 戦いにおいては良い装備が欠かせない。


 現代ならそれはファッション、という事になる。

 

 今日はその準備のため、普段ならアウェイである表参道なんて土地を選んだのだ。


 普段の俺は庶民の強い味方『ユニシロ』や、『ファッションセンターたかやま』で服を買っているが、昨日大金を手にしたからな。


 香苗は美容部員という職業柄なのか、結構ファッションに詳しい。

 昔から色々な雑誌を広げながら、あれこれと説明されたものだ。


 俺はファッションには一切興味が無いので、香苗による熱弁はやや苦痛な事もあったが、それでも辛抱強く耳を傾けた。

 その努力が報われる時が来た。


 今日来たのは、そんな香苗が一番好きなブランドだからな。

 ちゃんと聞いてて良かったぜ。


 『ジル・ライトニング表参道店』。

 ジル・ライトニングはイタリアのブランド⋯⋯らしい。

 昨夜、ちょっとネットで調べた程度の知識しかないけども。

 


 まあ、とりあえず入店だ。

 店内は落ち着いた雰囲気で、やはり高級感がある。

 色々と服を物色していると、店員さんが近付いて来た。


「いらっしゃいませ、本日は何をお探しでしょうか」


 高級ブランドの店員さんというイメージそのままの、綺麗なお姉さんが話し掛けてきた。


 ここで以前の俺なら『あっ⋯⋯スマセン、ちょ、見てるだけなんで⋯⋯』って感じで、話しかけんなオーラをバリバリに出す所だろうが⋯⋯。


 異世界生活では王侯貴族とご歓談なんて機会も多かったからな。

 人と話すのも今はそれほど苦じゃない。


「すみません、こちらに伺うのは初めてなので詳しくないのですが、友人に良いお店だと勧められたので、ここで一式揃えたいのですが」


「当店をお選びくださり、ありがとうございます⋯⋯一式となるとご予算の方は?」


 俺のファッションを見て、店員は値踏みするような視線を向けてきた。

 まあ、わかるよ。

 全身安物バリバリだからね。


「うーん、二百万くらいでなんとかなります?」


 俺の言葉に、店員さんの目が輝いた。

 

「はい、ではご案内します! こちらへ」


 案内されたマネキンが着ていたのは、カッチョイイ黒のロングコートだ。


「こちらのコートなど、お客様の体型にピッタリだと思います」


「なるほど。試着しても?」


「もちろんです! どうぞ」


 コートを渡され、羽織ってみる。

 ん⋯⋯確かに良い手触りだ。

 異世界で貴族のパーティーに参加した時に着た物より、良い素材⋯⋯な気がする。


「うん、良いですね」


「ありがとうございます」


「ちなみにコレって幾らですか?」


「はい、49万8000円となっております』


 うん、ネットで見たときもそのくらいだった。

 しかし、普段着ているコート十着分以上とはね。

 

 とはいえ、異世界でも庶民と貴族が着るものなんて、値段全然違ったしな、そんなもんだろう。


「ちなみに、どうですかね?」


「とてもお似合いです」


 うーん、どうなんだろう。

 まあ店員さんなんてこの状況だと『とてもお似合いですbot』だろうからなぁ。


 ま、いっか。


「じゃあこれ下さい。あとトップスとボトムスそれぞれ数点と、靴や鞄などの小物も一式お願いしたいのですが。少々予算オーバーしても良いんで」


 異世界の武器屋でもそうだったが、素人なんてどうせ品定めできないのだ。

 プロにお任せした方がいい。


 お姉さんは『商品を売りつけてやろう!』という感じではなく、あくまでも俺に似合うと思う、という提案をしてくれた。


 最初に目を輝かせたのも、自分のセンスを発揮できると感じて嬉しかったのかもしれない。


 コート、トップス五点、ボトムス二点、マフラー、靴、鞄、財布、名刺入れ二点を購入し、計二百十六万と端数だ。


「すみません、予算オーバーしてしてしまいまして」


「あ、良いんですよ。予想外の小物も買いましたし」


「それで、お支払いはいかがなさいますか?」


「はい、現金で⋯⋯」


 支払いしようとしたタイミングで、ふと目に入ったものがあった。


 女性用の手袋だ。


「あー、あれも頂けますか?」


「はい、サイズはどうなさいますか?」


 サイズか⋯⋯わからん。

 メッセージアプリで聞いてもいいが、できればサプライズにしたい。


「ちなみに、私の手の大きさだとMサイズになります」


 お姉さんがニコリと微笑みながら、手のひらを向けてくる。

 んー、見てもよくわからないな⋯⋯。


「あの、凄く図々しいお願いなんですけど」


「はい、何でしょう?」


「横に立って⋯⋯手をつないでもらう、とかはダメです⋯⋯よね? 流石に」


 俺の不躾なお願いに少し驚きながらも、お姉さんは微笑み、俺の横に来て手を出してくれた。


「おやすい御用ですよ、はいどうぞ」


「ありがとうございます」


 お姉さんの手を握る。

 その感触は柔らかく、そして香苗より少し大きく感じた。


「ありがとうございます、たぶんSだと思います」


「ふふふ、お役に立てたなら嬉しいです」


 どちらからともなく手を離し、手袋を追加で購入する。


「こちらとても良いお品なので、彼女さんもきっと喜んでくれますよ」


「そうだと良いんですが。あまりうまくいってないんですよ」


 まあ、うまく行ってないどころか破局してるも同然だけどな。


「きっとうまく行きますよ、でも⋯⋯」


 お姉さんは名刺を取り出すと、スラスラとそこに何かを書き込み、俺に渡して来た。 


「これ、私のプライベートな連絡先です。もし人恋しい時があったら、是非ご連絡ください」


「うん、ありがとうございます」


 ⋯⋯これって逆ナンか?

 いや、営業だろうな。


 名刺をしまい、支払いを済ませて外に出た。




───────────


 あのあと他に必要な物を購入し、家に戻ってきた。

 包装を解きながら、小さな紙袋に入っている手袋について考える。


 お姉さんの手を握った際に思い出したのは、香苗と付き合って、初めて手を握った時の事だ。


 香苗の希望で、下関にある水族館に出かけた。

 天井から吊り下げられた、巨大なシロナガスクジラの骨格標本を見上げながら、俺は勇気を出して香苗の手を握った。


 その手は想像以上に小さく、柔らかかった。

 香苗の視線を感じながらも、そちらを見るのが気恥ずかしく、俺は標本を見上げ続けた。

 彼女が笑っているのを、繋いだ手を通して感じながら。


 俺にとってはかけがえのない思い出だが、彼女はあの頃から既に俺を裏切っていたのだ。


 中世ヨーロッパでは、決闘を申し込む際に左手の手袋を投げたという。


 今日購入したこの手袋は、決闘の証だ。

 まあ、投げつけるって訳にはいかないけどな。


 勇気を出して手を握った、あの日の俺。

 お前の仇は⋯⋯俺が取ってやる。

 任せとけ。

 

 明日、ついに帰省する。

 ──決闘開始だ。

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