第8話 佐藤国光の末路①

「ちょっとお父さん、こんな所で寝ちゃダメだよ」


 声を掛けられ、佐藤国光は目を覚ました。

 周囲を確認すると、団地の公園だ。

 目の前には警官が二人いる。


 ベンチに横たえていた身体を起こす。


「あ⋯⋯すみません」


「なんか公園で奇声上げてる人がいる、って通報があってね。お父さんがやったの?」


 奇声⋯⋯身に覚えがある。

 あの男が『催眠術』などと言い出したあと、苦しさのあまり声を出していた気がする。


「そ、そうだ、オレ、変な奴に催眠術を掛けられて!」


「⋯⋯催眠術? いやいやお父さん、変な夢でも見たんじゃないですか?」


 若い警官が呆れたように言ってくる。

 国光は内心で不満を漏らした。


(なんだよコイツ、さっきからお父さん、お父さんって! 俺はまだ独身だ!)


 世の中の女に見る目が無いせいで、この年まで独身のままだ。

 だがそれも、収入や肩書きではなく、本当の自分の良さを見てくれる女性に出会えなかっただけだ。


 と、それは今はいい。

 まずは目の前の警官に事情を説明しないと。


「ほ、ほんとなんです! SNSでちょっと言い合いになったら、ワザワザ家まで来たバカがいまして⋯⋯このやり取り見てください!」


 ポケットからスマホを取り出し、画面を見る。

 SNSを立ち上げようとして──異変に気付いた。


 アプリが無い。

 慌ててアプリ一覧から検索するも表示されなかった。


「あの、見てくれってなに?」


「あ、ちょっと、ちょっと待ってください⋯⋯」


 アプリのダウンロードサイトで検索すると、SNSアプリは『インストール』と表示されていた。

 もしかしたらあの男が、アプリを勝手にアンインストールしたのかも知れない。


(クソ、地味な嫌がらせしやがって!)


 アプリをダウンロードし、起動する。

 ログイン画面が表示された。

 端末に保存している設定で、自動ログインしようとしたが⋯⋯。


『ユーザー名またはパスワードが違います』


(⋯⋯はっ? 何でだよ!)


 ログインできない。

 もう一度試してもダメだった。


「⋯⋯あのー、お父さん?」


 若い警官が怪訝そうに聞いてくる。


「あの、すみません、もうちょっと、もうちょっと待ってください!」


 焦りながらも考える。

 おそらく、あの男がパスワードを変更して嫌がらせしたのだろう。


 『パスワードを忘れた』を選ぶ。

 電話番号は連携していないので、メールアドレスを入力し、送信した。


 しかし画面に表示されたのは⋯⋯。


『このメールアドレスは使用されていません』


 ここで国光はピンと来た。


(アカウントを消された!?)


 サブアカウントはどうだろうと思い、入力する。

 こちらは消されていないようで、ログインできた。


 メインアカウントはサブアカウントでフォローしてある。

 一番最初にフォローしたので、フォローリストの一番下を見た。


 そこには⋯⋯フォローした覚えは無いが、見慣れた名前をイジられた物が表示されていた。












『佐藤ク○ニ蜜♥@Eternal_doutei072』


 慌ててそのアカウントを開く。

 アイコンも変えられていた。

 気を失っているうちに撮影されたのか、国光が目をつぶった顔に、口の所に絵文字の唇が足されている。


 まるで、画面のこちら側にキスをしようとしているみたいだ。


 Bioプロフィールも変更されていた。


『オッス!オラ佐藤国光(本名)!佐藤流舌技69段!50年間イメトレだけど(笑)。俺の舌で天国にイキたい女性をゆりかごから墓場まで募集中!070-××××-××××に電話か、宇都宮の××町営団地302号室に直接凸も大歓迎!絶対来てくれよな!』


 危うくスマホを取り落としそうになる。

 何があったのかと、若い警官が画面を覗き込んできた。


「どうしたんです、いった⋯⋯ぷっ、ぷぷ、ははははは、何ですかこのアカウント! お父さん凄いですね!」


「こら神山クン、失礼だよ!」


「だ、だって⋯⋯変なキス顔⋯⋯くくく」


 慌てて画面を警官から見えないようにしながら、『孫子のヘイヘイホー』との、先ほどのやり取りを探そうと画面をスクロールすると⋯⋯。


 一番上に、固定された呟きが目に入った。


『派遣社員なめんな! 明日正社員どもを血祭りに上げてやるぜ! 男は全員死刑! 女は全員ブチ込んでやるぜぇ!』


 そこには、すでに幾つかリプライがついている。


「通報しました」

「これはシャレにならない」

「これが童貞をこじらせた奴の末路」

「30歳で魔法使いは知ってたけど、50歳だと殺人鬼になるのか」

「おい、誰かプロフィールの番号に電話して友達になってやれよ」

「絶対関わりたくないw」

「お巡りさんここです」





「⋯⋯あの、どうしました?」


 お巡りさんここです、を読んだタイミングで、お巡りさんに話し掛けられ、国光は思わずクビを振った。


「あ、いや、何でもありません!」


 背筋を汗が伝う。

 見られないように、画面をさらにスクロールしてみたが⋯⋯。


 孫子のヘイヘイホーとのやり取りは、自分も相手の返事も消えていた。

 スクショなどは撮っていないが、保存していてもあの男に消されていたかも知れない。

 ここでこれ以上事情を説明しようとすると、警官に固定の呟きが見られる恐れがある。


「あー、すみません、何か勘違いしてたみたいで⋯⋯」


「あっそう。取りあえず身分証ある? 調書を作らなきゃいけないから」


「あ、今は持ってないんですが⋯⋯家がすぐそこなので」


「そう? じゃあ案内して」


 警官と家まで戻り、身分証を提示。

 夜中に大声出さないように、と注意を受けて終わった。


 警官が立ち去ったあと、メインアカウントへのログインを色々試すものの、どれもダメだ。


 おそらく、ログイン用のメールアドレスも変更されてしまっている。

 呟きの削除どころか、アカウントを消す事もできない⋯⋯。


 仮に乗っ取りやイタズラだと主張しても、メールアドレスやパスワードの変更を、いつも使用している端末から行われている以上、どこも対応して貰えないかも知れない。


 勝手に個人情報を拡散された、と被害を訴えても、開示請求で出てくる情報は、端末の契約者である国光本人の物だろう。


 孫子のヘイヘイホー相手に開示請求した所で証拠は無いし、やり取り自体の内容を考えても請求が通るとは思えない。


 つまり──訴える事もできない。 

 何より、あの男には関わりたくない。


 バレるはずがない国光の名前や、住所を突き止め、いきなりやってきた事もそうだが⋯⋯。


 公園で感じた、あの感覚。


 一瞬だったが、あの男からは、これまでの50年間で感じた事のない、恐ろしい予感があった。


 ──死の予感、だ。


「⋯⋯取りあえずあの男の事より、このアカウントを何とかしないと」


 本当に通報されたらどうなるか分からないし、何よりこれを職場の人間に見られてしまったら⋯⋯。


「ま、マズいよ、そんなの」


 国光は一睡もせずに、アカウントを消す方法を考えたが⋯⋯対処法は見つからなかった。

 


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