第7話 残念勇者はトドメを刺す

「んじゃ次行きましょうか!」


 次に行く──つまりまだ終わりじゃない、という宣言でもある。

 国光くんもそれを察したのか、表情が曇る。

 俺はそれに気が付かないフリをしながら、スマホを操作しながら話を進めた。


 まずスクショ、次に魚拓、これでよし。

 準備完了っと。


「国光くんも、さっき俺に土下座までしてたし、人を煽るのはダメって反省したと思うんですよ」


「そう、ですね」


「で、本当に反省してるのかな? って思ったんですが、俺の言うとおりにしてくれた訳じゃないですか?」


「⋯⋯取りあえず、はい」


「それで誠意っていうか、そういうの俺も感じたんですよ。ああこの人、ちゃんと反省できる人なんだな、って」


 何となく俺が許す雰囲気を醸し出すと、国光くんの表情が少し和らいだ。


「は、はい! オレ、本当に反省してます!」


 ケッ。

 何が本当に反省してる、だ。

 俺のスキルに威圧されたから、渋々やっただけだろ?

 んなこと分かってて言ってんだ、こっちは。


 ──などという考えは当然表に出さず、俺はウンウン頷きながら、微笑みを浮かべた。


「ですよね! 国光くんは反省できる人だと思います!」


「あ、ありがとうござい⋯⋯」


「だから、動画撮りましょ?」


「⋯⋯動画?」


「謝罪動画。これなら今まで煽った人も許してくれますって!」


「あ、それは⋯⋯」


「⋯⋯何か問題が?」


「えっと⋯⋯」


 わかるよ。

 問題しか無いよねぇ!

 だって知られたくないんだもんね、自分の事!

 決して知られる事がない、安全圏から石を投げ続けたかったんだもんね!


 でも、もうそれは無理なんだよ国光くん!


「そっか⋯⋯嫌ならいいか。じゃあ、俺が家凸した時の動画にするか⋯⋯家とかバッチリ映ってるけど、そうそう特定とかされないだろうし」


 ははは、されちゃうよね!

 ネットの特定班ならすぐだろうな。


「⋯⋯! こ、困ります! もしそんな事したらオレも出るとこに出て⋯⋯」


「タイトルはそうだな⋯⋯『来いって言われたから行ってみた』でいいか。さっさと来いよバーカ! って国光くんからのリプ、スクショも魚拓も取ってるし」


 スクショした画面を国光くんに突き出す。

 画面を見た国光くんは、明らかにうろたえていた。


「あ、えっと⋯⋯その」


 さっき訴えるとか言おうとした?

 くっくっく、気付いたかい?

 あくまでも俺は、君に来いって言われたから来たんだよ?

 被害者ムーヴ出来ると思った?

 残念でした!


「いや、別に謝罪動画っていっても、当たり前ですけど顔とかは映しませんよ? 当然名前とか、国光くんを特定する情報も非公開、あくまでも謝罪するだけですって」


 ここで譲歩する姿勢を見せる。

 不自由な二択って奴だ、実質一択だけどな!


「⋯⋯まあ、それ、なら」


 それならも何も、お前にはもう選択肢ねーんだよ!

 俺は自分で撮った動画なんかアップする気はハナからねーよ。

 俺が狙うのは完全勝利だ。

 一切証拠を残す気は無いんだよ。


「じゃあ、スマホ貸してください」


 俺が手を伸ばすと、国光くんは「えっ?」と呟いた。


「オレのスマホで撮るんですか⋯⋯?」


「そりゃそうでしょ。俺のスマホで撮ってから国光くんに送るとか二度手間でしょ?」


「まあ、そう、ですけど⋯⋯」


「嫌ならいいんですよ。俺はどっちでも」


 国光くんは少し逡巡したのち、俺にスマホを差し出した。

 俺は一度受け取り、画面を確認し、そのまま返した。


「いや、ロック解除してくださいよ⋯⋯いちいち言わないとわかんないですか?」


「あ、す、すみません!」


 国光くんは指紋認証をして、ロック解除した。

 そのまま彼のスマホを受け取る。


 ははは、カメラはロック解除しなくても使えるけどねー!

 ⋯⋯あ、そうだ。


「国光くんって、漫画とか読みます?」


 俺の唐突な質問に、国光くんは眉をひそめながらも返事をした。


「あ、はい、わりと⋯⋯」


「じゃあ『アンタはハンター』って漫画読んでますか? あのしょっちゅう休載するやつ」


「はい、全巻持ってますけど⋯⋯それが?」


「おお! 漫画の好み合いますねぇ! あの漫画のキャラみんな好きなんですけど、その中でも俺、主人公の父親が好きなんですよ!」


「あ、オレも結構⋯⋯」


「良いキャラですよね! その中でも俺が好きな言葉が『相手を自分の思い通りに行動させる、その過程がハンターにとって一番の快楽だ』ってのがあったじゃないですか!」


「まあ、何となく覚えてますけど⋯⋯?」


 国光くんの顔には明らかに『コイツ突然何言ってんだ?』という疑問が浮かんでいる。

 

「俺、国光くんの所に来る時に、決めてたんですよ!」


 国光くんのスマホを持ち主に突き出しながら、俺は笑顔を浮かべた。


「無理やりとかじゃなく、国光くん自身にスマホのロックを解除して貰ってから、俺に渡すように仕向けようって!」


「⋯⋯えっ?」


「謝罪動画とか、嘘! 国光くんから『ロックを解除したスマホを受け取る』ってのが今回の俺の狙いだったんですよ、はっはっはー! ミッションコンプリート! 全部俺の手のひらの上だったなぁ!」


「⋯⋯! か、返せ!」


 国光くんは、慌ててスマホを取り返そうと突撃して来た。

 でもおっそ!


 俺が難なく躱すと、国光くんはバランスを崩してその場に倒れた。


「そう来るのも予想済みってこと!」


「くっ⋯⋯」


 国光くんが悔しそうに俺を見上げる。


 うん、まあ、最初から狙ってたとか嘘だけどね。

 さっきまで謝罪動画撮る気満々だったけどね!


『お前はずっと、俺の手のひらの上だ!』


 感を出したかっただけの、完全にアドリブなんだ。

 こっちの方が楽しそうだったから!

 そしてその悔しそうな顔、何よりの報酬です!

 あーっ、楽しーっ!



 ⋯⋯でもまあ、オッサンをからかうのも、そろそろ終わりにするか。


「国光くん」


「な、なんだよ」


「俺ね、スーパーハッカー兼催眠術士なんですよ」


「はあ? うるさい! バカな事言ってないでスマホ返せ!」


 おーおー、怒りでさっきの【威圧】の事も忘れちゃったかな?

 ま、最後はどうするか決めてたし、そろそろ実行しよう。


 俺はスキル【超活性】を使用した。

 その対象は──国光くんだ。


 国光くんもスキルの効果を感じているのだろう、少し表情が変わった。


 【超活性】は、俺が魔王と戦う時にも使用したスキルだ。

 いわゆる強化バフ効果のスキルで、あらゆる感覚を活性化し、回避力や命中率などを上げ、バトルを有利に運ぶ切り札的なスキルで、その効果は三分。


 ただ、デメリットもある。


 痛みなど、マイナスの感覚も著しく強化されるのだ。

 マイナス面の感度の増幅率は──約三千倍。

 

 そして【超活性】と並行し、魔王から受け継いだ【感覚共有】も使用。

 準備完了、即ち──罰の執行だ!


「国光くん、今からアンタに煽られて不快な思いをした人々の気持ちを、催眠術で増幅しながら体験して貰うぜ!」


「はっ、何を⋯⋯」


 催眠術という単語に、国光くんの顔に侮蔑めいた表情が浮かぶ、が。


「まずは⋯⋯絵をバカにされた人の分!」


「⋯⋯ぅうううわぁああああああああっ!」


 【罪状】で俺が感じ取った人々の怒りや悲しみ、不快感を国光くんと共有する。


 同時に、国光くんの顔は大きく歪み、叫び声をあげた。


 改めて追体験することで、俺自身にも不快感はあるが、【超活性】で感度三千倍の国光くんにとっては地獄の苦しみだろう。


 地面に倒れ、胸をかきむしるような仕草で苦しんでいる。


 落ち着く暇を与えず、次の感覚を共有する。


「次は⋯⋯営業マンとか言われて傷付いた、アニメ原作者さんの分!」


「がああああぁああっ! や、止めてくれッ!」


 今度は頭をかきむしるように、国光くんは暴れる。

 そしていよいよ、今回の本命だ。


「次はキツいぞ? お前のせいで絵を描けなくなった⋯⋯メリナさんの分!」


「!! おっ、オゴッ! や、やめ、し、死ぬ、た、助け⋯⋯!」


 国光くんは息ができないのか、苦しそうに喉を押さえ喘いでいた。

 身体も激しく痙攣している。


 よし、そろそろ三分だ。

 ここでトドメの一撃!

 メリナさんの受けた悲しみ程じゃないだろうが、この状態の国光くんにトドメを刺すのには十分だろう。


「これで最後だ⋯⋯」


「あ、あああ⋯⋯もう、もう、やめ⋯⋯」


「お前のせいで⋯⋯メリナさんの絵が見れず⋯⋯」


「ひ、ひぃいいい」


「性癖を満たせなかった⋯⋯」


「う、あ、ぁああ⋯⋯」


「この──俺の悲しみだぁあああああっ!」


「ああああっ! ああ⋯⋯⋯⋯⋯⋯あ?」


 ⋯⋯あれっ?

 さっきまでめちゃくちゃ苦しそうにしていた国光くんが、急にキョトンとした。


「⋯⋯平気なの?」


「あ、なんか、今までの奴に比べたら、まぁ、はい、そこまでじゃないって言うか⋯⋯」


「あ、そう⋯⋯」

 

「⋯⋯」


「⋯⋯」


 ⋯⋯三分、経ったな。

 【超活性】終了だ。


「⋯⋯」


「⋯⋯」


「⋯⋯死んだ魔王の分!」


「ぅっっつつづぎゃあああああっ!」


 国光くんは奇声を上げ、あっさり気絶した。

 いやー、魔王の死に際はめちゃくちゃ痛かったもんなぁ。

 鍛えてる俺でも相当辛かったし、超活性中なら国光くんなんてショック死してたかもね。


 魔王ともよ、お前の死は無駄じゃなかった。

 この男に痛みを与える、それがお前の役割だったんだな──安心して眠れ。


 さて。

 気絶しているうちに、国光くんのスマホを⋯⋯こうして、ああして⋯⋯。


 約十分程でやりたい事は終えた。

 まだ気絶したままの国光くんのポケットにスマホを返却。

 これでよし! 帰ろう!


 自宅を思い浮かべながら、【転移】を使用した。 

 ──のだが。


 頭がズキンと痛んだ。

 これは⋯⋯魔力切れだ!


 そう言えば、魔王戦でもめちゃくちゃ魔力使ったし、戻ってきてからもスキル使いまくり⋯⋯。


 魔力枯渇なんて久々だが、確か枯渇状態から転移可能なまで魔力が回復するのって⋯⋯六時間くらいかかるんだけど⋯⋯。


 仕方ない、どこか店に入って時間を⋯⋯あ、財布持ってきてないや。


 ふふふ、しかし時代はキャッシュレス。

 スマホで払えば⋯⋯あ、充電切れてる。

 そうか、動画撮影しっぱなしで⋯⋯。


 ⋯⋯えっ?

 こんな所で、無一文かつスマホも使用不可⋯⋯ってこと?

 六時間もこのまま?


 ⋯⋯テンション上がってたからあんま感じて無かったけど、今日結構寒いな。



 そうか、魔王よ。

 これがお前の伝えたかった真実なんだな。


 ──力に溺れるのは良くない、自分の身を滅ぼす事になる、と。

 お前は正しかったよ、魔王⋯⋯。


「は、は、ハックション!」


 あーこれ、風邪引くかも⋯⋯。

 取りあえず、風が吹いてない所に移動しよう。


 あ、ダンボール落ちてる、ラッキー!

 へへ、暖かいなぁ⋯⋯。


 しかし、魔王倒したその夜に何をやっとんじゃ、俺は。

 SNSでカッカするのは良くないね、うん。

 自重しよっと。








 ──『アイテムボックスの中に魔力回復薬あったじゃん!』と俺が気付いたのは、約五時間後だった。





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