第5話 残念勇者は心の中で笑う

 自分の顔を指差しながら顔色を聞くと、国光クンは首を振った。


「あ、いいえ⋯⋯普通、です」


「そうですか! 意外だったんだけど、国光クンも真っ赤じゃないですね!」


「そうですか⋯⋯」


「はい、真っ赤どころか、逆に真っ青ですよ! そんな顔色されたら俺、心配しちゃいますよー。だって、来いって言われたから来ただけなのになー、騙されちゃったな! はっはっはー!」


「は、はは⋯⋯」


 俺がテンション高めで笑うと、国光クンが俺に釣られて引きつったように笑った。

 ──それが俺の罠とも知らずに。


「お前何笑ってんの?」


 俺はめちゃくちゃ真顔で言った。


「えっ、あっ、その⋯⋯」


「俺今、なんか面白い事言いました? 来ると思ってなかったって事は、嘘つかれて呼び出されたって話ですよね? 俺は来いって言葉信じてたのに」


 まあ、嘘だけど。

 ぜんっぜん信じてないけども。


「あ、す、すみません」


 国光クンは一瞬でしゅんとする。


 くーっくくく!

 さっきまでの威勢どうした、国光!

 俺はここで終わる男じゃねーぞぉ? 気をしっかり持てよ?

 たぶん今夜は、お前の五十年の人生で一番長い夜だぜぇ?


 お前みたいな奴は、どうせ反省したふりしかしねーだろ?

 だからキッチリ、トコトンぶっ潰してやるよ!


「取りあえず、外の公園で話しません? それとも家の中にします?」


 俺が家の中を指さすと、国光くんは激しくクビを振った。


「そ、外で話しましょう」


「了解でーす! スマホは⋯⋯手に持ってますね! あとこのやり取り動画取ってますからね?」


 俺の手に握られたスマホを見て、国光クンはさらに動揺した。

 自分でこっちを撮るなんて思い付かないようだ。

 そんな事しようとした瞬間、スマホを魔法でブチ壊すけどな。


「⋯⋯あの、出ます。でもちょっと準備するんで」


 何とかこの場を凌ごうとする国光くん。

 ここで一回、家の中に戻られたりしたら面倒なので、そんな事させないよ?


「いや、準備とかいらないでしょ? あ、警察呼んでも良いですよ? 来いって言われたから来たのが何罪になるのかわからないですけど。スクショも保存してます! 取りあえずこのままドアは開けておきますね!」


 とにかく土台に乗せるまでは、考える隙は与えない。

 俺の言葉に、国光くんは諦めたようだ。


「⋯⋯はい、あ、すぐ出ます⋯⋯父さん、母さん、ちょっと出てくる」


 国光くんが外に出たのでドアを閉める。

 そのまま二人で階段を降りながら質問した。


「ちなみに俺、なんでここがわかったと思います?」


「いや⋯⋯あの⋯⋯わかんないです」


「俺、スーパーハッカーなんですよ! はっはっは」


 そう言って俺が笑いかけても、国光クンは黙っていた。

 さっきの『何笑ってんの?』で萎縮してるのだろう。

 だから、逆に追い詰める。


「チッ⋯⋯俺がせっかくネタ言ってんだから、面白そうにしろよなぁ。空気読めよなぁ⋯⋯」


 ワザと低い声で、聞こえるように不満げに呟く。


「は、はは⋯⋯そうなんですか⋯⋯スーパーハッカー、スゴーイ⋯⋯」


 国光クンは引きつった笑顔を浮かべながら、明らかに情緒不安定になる。

 ははははは、面白いな。


「でも、国光くんも勇気ありますよね!」


 階段を降りながら、にこやかに話しかける。


「えっ⋯⋯?」


「知りません? アメリカかどっかでゲームで揉めて、東海岸から西海岸まで車でノンストップで走破して、相手撃ち殺しちゃった事件とか!」


 物騒な話に、一瞬ギョッとした表情を浮かべたが、国光くんはなんとか返答した。


「⋯⋯なんか、聞いた覚えは、はい」


「なのに国光くんは302号室まで言われてるのに『来い!』って挑発ですもんね! いやー怖いもの知らずだなぁ! でもちょっと危機感無さ過ぎじゃないですか?」


「そう、ですね」


「あ、もちろん俺は銃なんて持ってないから安心してくださいね!」


「⋯⋯はい」


「んじゃ行きますか!」


 明るい声で促し、そのまま二人で階段を下りて団地を出た。

 公園のベンチに並んで腰掛けようとしたところ⋯⋯。


 国光くんは立ったまま、なかなか座らなかったのだが。

 しばらくして──いきなり俺の前に土下座した。


「すみませんでした!」


 その姿を見て、俺の心はむしろ冷えた。


 お前の謝罪なんていらないんだよ。

 どーせこの状況から逃れたいから、取りあえず謝ってるだけだろ?

 まあ、一年前の俺ならここで許したかも知れない。


 今やってるのは弱い者イジメで、それだとコイツと変わらないんじゃないか? などと思ったかも知れない。


 だが、今ならわかる。

 どうせコイツも、すぐ本性を表す。




──────────────────


 異世界に行ったばかりの頃、俺は日本人として平均的な価値観の持ち主だった、と思う。


 女神に言われるがまま、不平を漏らしながらも魔王討伐を目指し活動していた。


 ある村に着いた時、近くを根城にしている盗賊団退治を依頼された。


 俺が盗賊たちをぶちのめすと、彼らは必死で命乞いをした。

 彼らの村はモンスターに荒らされ、仕方なく盗賊に身をやつした、他に選択肢はなかった、今殺されたら家族が困る、と、オレに必死に説明してきた。


 俺は武器を全て破壊し、もう盗賊なんてやらないと誓わせ、脳天気にも「これで商売でもしろ」と、金まで渡したのだ。


 村に戻ると、村人たちからは感謝され祭りまで開いてくれた。

 彼らの暮らしにもゆとりはなかった。

 それでも貴重な家畜まで潰し、俺を歓待してくれた。

 気のいい人たちだった。


 後日再び村を訪ねると、彼らは皆殺しにされていた。

 盗賊たちは俺が渡した金で再び武器を買い、村を襲ったのだ。


 全員見つけ出し、殺してくれと俺に頼んでくるまで痛めつけ、皆殺しにした。

 

 


──────────────


 

 人は助かる為なら、その場凌ぎで、平気で嘘をつく。

 申し訳ないなんて思ってないくせに、思っているように振る舞う。


 残念だったな、浅い謝罪なんかに俺はもう騙されないよ?

 それに何より──これだと全然釣り合わない。

 俺自身が童貞って煽られた事なら、まあこのくらいの事で済ませてやってもいい。


 だが、俺は【罪状】の確認で、メリナさんの絶望を背負ったのだ。

 絵が大好きで、楽しく活動していたのに、コイツの悪意で潰された。


 それだけじゃない。

 コイツは同様の事を色々な所でやっていた。


 つまりネットを利用しての弱い者イジメ。

 犯罪まではいかないのかも知れないか、間違いなく加害者。


 だから、教えてやらんとなぁ?

 イジメられる側の気持ちって奴をよお!


 俺がこれからやる事も褒められたんじゃない。

 どう言葉を変えた所で、弱い者イジメだ。


 だが、俺はそこに無自覚じゃない。

 自分の悪意に、せめて自覚がなければならない。

 そこが無自覚になると、コイツのように歯止めが効かなくなるのだ。


 異世界でも散々味わった。

 正しさなんて、力で簡単に塗り替えられる事を。

 だからこそ、そこに歯止めをかけるのはそれ以上の力だ。


 愛しているからこそだ、などと、さも自分が正しいと信じて子供を虐待する親。

 国の為だと信じて、領民に容赦なく鞭を打つ貴族。


 何が正しいかなんて、人によって変わる。

 だから俺は、俺の正しさに従う。


 誰かを虐げたり、裏切って、俺をムカつかせた奴には痛い目を見せる。


 この無自覚悪意バラまき野郎をこの程度で赦し、放置したとしよう。

 しばらくは大人しくなるかも知れないが、どうせコイツはまたやる。

 いや、やる可能性は一つでも残してはいけない。

 俺が後々、コイツを中途半端に赦し、放置したせいで気分の悪い思いをしないためにもな!


 ──しばらくして、国光くんは顔を上げた。


「おい、何黙ってんだ! 土下座までしたんだから、許してくれたって良いだろうがよ!?」


 まるで自分の謝罪には特別な価値があるかのごとく、国光くんは不満を口にした。


 ありがとう国光くん。

 その態度で来てくれるの、すげー助かるよ。

 しかし開き直るのが早いなぁ?

 せっかく土下座なんてしてくれたのに残念だけど、俺はクズを追い込む為なら、いくらでもクズになれるんだ。


 あとで嫌な思いをするのはコリゴリだからな。


 開き直る国光くんを見ながら、俺は心の中で笑った。


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