第8話 民間信仰の継承者

 BとMと三人で、ある地方に旅行に行った時の話である。


其処は古くから伝わる独自の宗教を持っている土地だった。

元々オカルト好きであった私たちにとって一度は行ってみたいと学生の頃から話していた場所だったが、私たちが住んでいる場所からかなり離れていた為、ずっと行けずにいた場所だ。

そんな私たちも社会人になり、金銭的にも自由になったこともあってようやくその地を訪れることになったのだ。


 飛行機とレンタカーを使い、長い道程を経て、私たちはまず郷土資料館を訪れた。

資料館には、その民間信仰の歴史や実際に使用していた祭具や呪具、そして儀式の内容など豊富な資料が展示されていた。

御札に書かれた文字一つ理解は出来なかったがどれも興味深く、私たちは計り知れない未知の世界に、ワクワクしながら資料館を見て回った。


 あら方館内を回り終わった頃、Bが突然「頭が痛い」と言い出した。

見れば顔色も悪く、足取りもふらふらとしている。

取り敢えず近くにあった長椅子に座らせたが、一向に良くなる様子がない。

何処か休める場所と言っても資料館の周囲には何もなく、かと言って何処かに移動するにも私は免許を持っておらず、Mもペーパードライバーだった為、運転出来るのはBだけだった。

どうしたものかと思案していると、Bが「此処から離れれば大丈夫だと思う」と言う。

その根拠は分からなかったがBがそう言うならば、と私たちは資料館を後にした。


 車に乗り込むと、Bは早々に車を発進させた。

体調は大丈夫なのかと聞くと、さっきより大分治まったので問題ないと言う。

どうやらBが言った通り、資料館を離れたのが良かったらしい。

もしかしたらBの体質的に、ああいったに影響されやすいのかもしれない。

やはり何かしら対策をしていた方が良かったのだろうか?と僅かばかりの後悔が滲む。

とは言え、所詮素人でしかない自分たちに出来ることと言えば精々お守りを持って行く事位しか思い付かないが。

そんな事をつらつらと考えていると、喫茶店が目に入った。

丁度小腹も空いてきた所だし、Bもきちんと休んだ方が良いだろということで、私たちはその喫茶店に寄ることにした。

店内は午後のお茶の時間を過ぎたばかりの微妙な時間ということもあり、すぐに席に着くことが出来た。

注文を終えてひと息つく頃には、Bの体調もすっかり戻っていた。

資料館には呪術的なものもあったので、やはり何かしら悪い影響を受けてしまったのだろうか?

何にしても大事に至らなくて良かったと話してる時にふと、私は資料館を見ていた時に感じた疑問を口にした。


「さっきの資料館、術のやり方を結構詳しく展示してあったけど、一般人に開示しても大丈夫なのかね?」


個人的には、ああいった民間信仰の術などはむしろ秘匿するのではないかと思うのだが、資料館には術に使う道具の使い方なども展示してあった。

もし、素人や中途半端な能力者が真似をしたら、危険な事になりはしないだろうか。

そう首を傾げる私にMが「確かにね」と頷く。

だよねぇと言い合う私とMに、しかしBがあっさりと言った。


「やり方だけ知ってても何も起きないから大丈夫」   


「「へぇ!そうなんだ!」」


やけにきっぱりと言い切るBに、霊感がある人にはそういう事も分かるのかと私とMが感心していると、Bがぽつりと続けた。


「と、言ってる」


言ってる?誰が?

それは以前、誰かから聞いたことがあるということだろうか?

だが、それにしては「言ってる」という表現に違和感を感じる。

その言い方だと、まるで今聞いたようではないか。

しかしこの場に居るのは私たち三人しか居ない。

近くには店員も他の客も居ない。

どういうことだと説明を促す私とMに、どう説明したら良いのかと言葉を探るようにBが視線を上げる。

Bの話によれば、資料館を出た辺りから頭の中に女性が話しかけてくるという。

その言葉を聞いて、私はなるほどと納得した。

どうやらBにまた、が憑いたらしい。

しかも聞けば、今回は中々特殊ならしかった。


「結構若い女性なんだけど、厳しそうな性格の人で、その人と囲炉裏を挟んで向かい合ってる映像が頭に流れてくるんだよね。んで、その人がさっきの疑問の答えを教えてくれた」


その女性曰く、民間信仰の術はその土地のものだから、いくら技術を修得しても他の土地では発動しないのだという。

なるほど、土着の宗教があまり広がらない理由には、そういった面もあるのか。

妙に納得してしまった私は、それで?と一番気になることをBに問いかけた。


「その人は結局、誰なの?」


「どうやらあの民間信仰の術者というか指導者?みたいな人みたい。術を継承する時、言葉で説明するだけじゃなくて、こうやって頭の中でやり方を見せるらしい。だけど最近は人間がほとんど居なくって困ってるんだって」


「それはつまり、Bは後継者に選ばれたってこと?」


年々色々な体験をしていく内に、いつの間にかBの能力がどんどん開花しているとは思っていたが、まさか霊能者のスカウトをされるまでになるとは。

しかもこの世ならざるモノからなんて普通では有り得ない体験に驚く私の横で、Mが染み染みと溜め息を吐いた。


「何処も人手不足だな。B、この際だから継いでみたら?」


ころころ笑いながらそう冗談交じりに提案するMに、Bが勢い良く首を振る。


「嫌だ!無理だ!この人めっちゃ厳しそうで怖いんだよ!しかもさっきから術に使う人形《ヒトガタ》の作り方を見せられてるんだけど、すげぇ速くてどうやってるのか全く分からない」


どうやらその女性は大分スパルタらしい。

しかも既に修業が始まっているらしい。

中々に強引な指導者だなと思いながら、私は励ますようにBの肩を軽く叩いた。

助けてあげたいのは山々だが、普通の人間でしかない私に出来ることなんて、所詮それ位である。


 話を聞く限り、その女性はどうやらそれ以上特に影響は無さそうということだった。

まぁ、祓うにしても方法も分からないので、それを思えば悪いモノじゃないだけ幸運だったと言いながら、私たちはそのまま旅行を続けることにした。

 

 結果、得体の知れないその女性は、案外私たちに馴染んでいた。

と言うのも、こちらから質問を投げかければ、それに対して(Bを通してだが)律儀に答えを返してくるので、気付けば普通に会話しているような状況だったからだ。

それはまるで、旅の仲間が一人増えたような感覚だった。

やはりこの世には自分たちには計り知れない世界が存在するのではないかと思ってしまう程、その女性との会話は自然だった。

例えば、天皇の名前を聞けば女性が生きていた時代が分かるのではないかと質問した時に「天皇?何それ。村長なら知ってるけど」と言われた時には、確かに都からこんなに遠い村に住んでいたら天皇なんて言葉は聞かないよな、とみんなで笑ってしまった。

本来なら不可解なこの状況に恐怖を感じるのが普通なのだろうが、むしろ彼女との旅は楽しいものだった。


しかし、そんな奇妙な旅もあっという間に終わりの時間が来ていた。

観光を終えて帰路につく為に高速道路を走っている時に、Bが「そろそろかな」と言った。

流石に県外までは憑いて来れないらしい。

不思議な旅の仲間との別れを感じながら、私は流れる景色を眺め、今回の出来事を振り返った。


彼女はこの先もずっと、後継者を探し続けるのだろうか。

もし見つけることが出来なかったら、あの民間信仰は形式だけが残り、本来あるべき力は人知れず消えて行くのだろうか。

そしてそれもまた、時代の選択なのだろうか。

勿論、彼女が本当はどういった存在なのか証明する術はない。

もしかしたら、Bが何時も口にするようにただの妄想かもしれないし、本当に存在してたとしても、それは彼女という個人ではなく、信仰が産み出した概念の象徴かもしれない。


その答えは永遠に分かることはないけれど、私たちにとっては、生涯忘れられない旅になったのは確かだった。




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怪談よもやま話 烏森二湖  @kintotoya

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