第7話 夢の中の女

 私が見た夢の話だ。


夢の中での私は、当時の同僚数人と仕事帰りに飲みに行った帰りだった。

飲み会帰りの高いテンションで駅に着くと、自分が乗る電車が既にホー厶に停車していた。

そのホー厶は手前のホー厶から階段を上り歩道橋を渡った向こう側にある。

ちょうど発車時間のアナウンスも流れて、私は慌てて同僚に別れの挨拶をして階段に向かって走った。

その瞬間。


バンッ!と突然、強制的に場面が変わった。


さっきまで駅に居たはずなのに、何時の間にか6畳ほどの古いアパートらしき部屋に居る。

日に焼けた畳と、木目地の天井からぶら下がる傘を被った電気からは、点灯用の紐がユラユラと揺れている。

ブラウン管のテレビにはチャンネルを回すつまみが付いていて、昭和の時代を思わせた。

部屋には誰もおらず、テレビからはワイドショーらしき番組が流れていて、レポーターが深刻な声で何かの事件を伝えている。

私はその場に居るというより、一歩下ってその部屋を見ているという感じだ。

すると、レポーターの声に混じり水がバシャバシャと跳ねる音が聞こえてきた。

最初は小さかったその音は段々と大きくなり、まるで水の中で何かが必死に藻掻いているような音だと気付く。

頭の何処かで「ああ、これは夢だな」と理解している自分がいて、早く目を覚ませと訴えるが場面は全く変わらない。

この場を離れたいのに動くことも耳を塞ぐこともできず、私の中に恐怖が湧いてくる。

もう一度目を覚ませと自分に訴えると、頭の中で声が響いた。


『……、ナンデ、ワタシダケ…、ナノ…。ナンデ、ワタシダケ…、ナノ…』


波のように強弱がついたその声は所々聞き取れず、女性とも男性とも分からないものだった。

その声はどんどん大きくなるのに、やはり何を言っているのか全ては聞き取れない。

私は恐怖と戦いながら、必死に目を覚ませと自分に言い聞かせた。


ハッとして、ようやく目が覚めた時には心臓がバクバクと脈打っていた。

恐怖は未だに私の中に残っていて、私は慌てて電気を点ける。

しかし、明るくなった部屋の静けさに矢張り恐怖は消えてくれない。

携帯を確認すると午前0時を過ぎたばかりだ。

非常識な時間だと分かっていても、私は居ても立っても居られずに、BとHとK先輩の三人に今の夢の内容をメールした。

すると深夜にもかかわらず、三人からすぐに返事がきた。


「「「玄関の前に、長い黒髪の白いワンピースを着た女が立ってる」」」」


三人ともが同じ内容という事に、恐怖で慄く。

私はどうすれば良いか涙ながらにBに対処方法を聞いた。

勿論、霊能者でも何でもないBに聞いても迷惑だろうとは分かっていたが、私も藁にもすがる気持ちだったのだ。

そんな私にBも色々と考えてくれて、清めの塩を窓辺に置いたり、以前Bに作って貰ったお守りを言われた通りに配置したりと、素人なりに出来る限りのことをして、私は再び布団に入り目を閉じた。


その後も中々寝付けなかったが、しばらくしてようやく眠りに落ちようとした時である。

ヒュッ!と勢いよく私の中身が何かに引っ張られたのだ。

まるで私の魂が抜けるような感覚に、私は慌てて目を開ける。

部屋を見渡しても、何も変わったことはない。

清めの塩もお守りもそのままだ。

今のは何だったのかと首を傾げるが、考えても答えが出るはずもなく、かと言ってこれ以上Bたちに迷惑はかけられないと、私は気にせずにさっさと寝てしまおうと布団を被った。

するとまたうとうととした瞬間、魂が引っ張られたような感覚がして目が覚めた。

私は寝るのが怖くなり、必死に寝ないように目を開けていたが、時間が経てば矢張り瞼は勝手に重くなり、そしてまた中身が抜けそうになる。


それを何度も繰り返し、結局それは朝まで続いた。


私の中身を引っ張っていたのがあの女と関係あるのかは分からなかったが、幸いその女の霊はすぐに居なくなったらしく、翌日からは怖い夢を見ることも中身が引っ張られることもなかった。

しかし、何時またあんな夢を見てしまうかと、しばらく私は寝不足の日々が続いたのだった。


それにしても、と思う。

夢だけでもあれだけ怖かったのだ。

実際に霊を視てしまったら、一体どれほどの恐怖なのだろうか。

そう言う私に「案外、視えちゃった方が怖くないよ」とBたちは言うのだが、怖がりな私にオカルト体験は、聞くだけで十分なのである。



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