第6話 長距離ドライバー
BとK先輩と三人でドライブに行った時の話だ。
Bが運転し、私が助手席で後部座席の運転席の後ろにK先輩が座っていた。
いつものように行く先を決めずにぐるぐると街中を走っていたのだが、1時間ほど経った頃だろうか。
くだらない話で笑い転げた後の、少し落ち着いた車内で、不意にBが前方を見ながら切り出した。
「ちょっと、本当のこと言っても良いかな?」
急に改まってどうしたのかと若干身構えながら頷くと、Bはゆるゆるとハンドルを回しながらまるで世間話をするように言った。
「実は今、私の中におっさんが入ってるんだよね。多分、トラック運転手のおっさんが」
言われて私は一瞬「は?」となる。
入ってる、とはつまり憑依されているということだろう。
ここ数年のオカルト体験で、HのみならずBも霊に憑依されることは度々あった。
最初の頃は完全に憑依されてしまいBの意識は全くなく、突然人格が変わったり、窓から飛び降りようとするBに私も大層戸惑ったものだ。
しかし人間とは成長する生き物で、最近のBは憑依される事も滅多になく、意識が乗っ取られることも無かったのだが、しかしそれにしても、霊に憑依されいてこんなにも平然としていられるものだろうか?
どう見ても何時もと同じBにしか見えず、本当に憑依されているのか?と若干疑いながらBの様子を伺っていると、私はあることに気付いた。
普段なら両手でハンドルを握るBが、今は左の掌を上に向けて片手で操作しているのだ。
そして右肘を開けた窓に置いているその姿は、まさしく「おっさん」の運転姿だった。
どうやら憑依されたのは本当らしいが、ならばさっさと追い出せばいいのではないか。
そう私が言うと、追い出そうとしてはいるが中々出て行ってくれない上に身体も言うことが聞かないので、実は今車が何処へ向かっているのかも分からないと、Bが困ったように白状した。
それはもしかすると、このままでは県外にまで行ってしまう可能性もあるということだろうか。
しかしだからと言ってBが対処出来ない以上、どうすることもできない。
為すすべもなく途方に暮れていると、突然K先輩がBの肩を両手で思い切り掴み、俯きながらぶつぶつと何やら小さな声で唱えだした。
何をしているのかと不思議に思いながらも、K先輩の邪魔をしないよう私もBも何も言わずにただその行動を見守る。
するとしばらくして、Bが驚いたように声を上げた。
「あ、離れた!」
どうやらK先輩のおかげで、無事におっさんの霊はいなくなったらしい。
強制的な旅にならなくて良かったと安堵しながら、私はK先輩に何の呪文を唱えたのか聞いた。
有名なところなら、般若心経か不動明王の真言だろうか。
しかし私のそんな予想をよそに、K先輩は何のことはないと肩を竦めた。
「『給料減給、給料減給』ってただ繰り返し言っただけ」
それを聞いて私は思わず「それで効くの⁉」と叫んだが、B曰く、もの凄い嫌がってすぐにいなくなったというのだから、余程減給が恐怖だったのだろう。
方法はともかく、結果的に無事に解決出来て良かったが、正直私としては、格好良い呪文で霊を追い払うという漫画や小説のような場面を見れたのかと期待しただけに、心底がっかしたのは言うまでもない。
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