第5話 龍の花嫁

 

 Bとは良くドライブに行っていた。

ドライブに行く時はたいてい行く先は決めておらず、その場その場で何となく行きたくなった方向へ、ただひたすら車を走らせるのが私たちの何時ものパターンだった。

しかし、その日は珍しく行き先を決めていた。

目的地は県境の山の中にある神社だ。

湖の畔にあるその神社は観光地としても有名だったが、まだ一度も行った事がなかった私がリクエストしたのだ。

そう、例の湖の近くだ。

過去の体験を思えば多少躊躇いがあったが、あれから数年経っていたことや、目的地はあくまで神社であり時間も昼間というこで、まぁ、大丈夫だろうとの判断だった。


神社へは地元から車で二時間もかからない。

途中で少し早めの昼食をとるなどして、ゆっくりとした道中だった。

神社にもうすぐ着くという頃、Hからメールが届いた。

時間があるならこれから遊びに来ないかという誘いだった。

その頃Hは実家を離れ、当時働いていた職場の社員寮に住んでいた。

神社からさほど離れていない市だったので、私とBはお参りを済ませたらHの寮へ行くことにした。


 神社の駐車場に到着して車を降りると、湖から流れてくる霧で辺りは真っ白だった。

周囲を囲むように立つ何十メートルもある杉も、てっぺんの方は霧に包まれて何も見えない。

観光地だというのに自分たち以外の参拝客も見当たらず、神聖な神社に来たはずなのに何処か別世界に迷い込んでしまったかのようで何となく心細くなる。

しかし長い階段を上り本殿に向うと、私のそんな気持ちをよそに境内の参拝客は思ったより多く、なかには海外からの団体客もいた。

相変わらず本殿やその背後に聳える山まで辺り一帯白い霧に覆われていたが、人が居るというだけで私の不安はすっかり消え、そうなると現金なもので、霧に包まれている神社がむしろ神秘的に見えてくるら不思議だ。

私とBは神秘パワーを貰ってHにもお裾分けしようなどと冗談半分で言いながら、本殿や摂社をそれぞれ参拝して回った。

特に縁結びで有名な神様には念入りにお願いをして、私たちは神社を後にした。


 途中で食料や飲み物などを調達して、Hの寮に着いたのはすっかり日が暮れた後だった。

部屋に上がり荷物をテーブルに置きながら、神社では霧が凄かったとHに伝えると、Hは私とBの顔を見て言った。


「花嫁さんが視える」


私は思わずえ⁉と声を上げて焦りながら後ろを振り返った。

まさか、またナニかが憑いて来たのか。

花嫁と言われても、神社で結婚式は行われていなかったはずだが。

花嫁と聞いて私の背中がぶるっと震える。

本来なら花嫁さんと言えば「綺麗」や「可愛らしい」というイメージだが、それが既にこの世のモノではないと思うと不気味に思えるのは、ムカサリ絵馬のような冥婚に対して私が何となく恐怖を感じるからだろうか。

そんな私にHが「そうじゃなくて」と首を振る。


「憑いてるとかじゃなくて映像が視えたの」


映像が視えるとはどういうことだ?と思いながらも、どうやら幽霊の類ではないらしいと分かり私は胸を撫で下ろした。

映像だけとはいえ現実にないものを視てる時点で十分に常識から外れたことだったが、それなら怖くないし害もない。

そうなると、今度はHが視たという映像が気になってくる。

私は興味津々でどんな映像だったのかHに聞いた。

するとHはまた、私の顔を見ながら焦点を合わせるかのように目を細めた。


「白無垢を着た花嫁と、ちょっと下った横に介添えの年配の女性が居て、左右に人が一列に並んでるんだけど…、何か変なんだよね」


話を聞いて私の脳裏に浮かんだのは、村の集落で行われるような古い結婚式だった。

あまり広くない部屋で、新郎新婦が一番奥の正面に並んで座り、部屋の左右に参列者が並んでいる映像だ。

私の想像した限り普通の結婚式のように思えたが、Hは「何かが変なんだよね」と頻りに首を傾げている。

すると、それまで静かだったBがポツリと呟いた。


「……花婿が居ない」


「あ、それだ!」


Bの言葉に、Hは合点が行ったと大きく頷いた。

結婚式は、花嫁さんと介添え人、そして参列者は居るが、肝心の花婿の気配が全く無かったそうだ。


花婿の居ない結婚式。


それが何を意味するのか私たちはしばらく思い付く限りの理由を考えてみたが、勿論答えが分かるはずもなく「一体何なんだろうね」と言いながら、その話は終わった。


後日。

私はあの日訪れた神社の由緒をネットで調べていた。

元々目的としていた神社ではなく、最後に縁結びをお願いした神様についてだ。

何故調べようと思ったのかと聞かれると、「縁結び」と「花嫁」が何となく繋がる気がしたのだ。

それは本当に軽い気持ちで、何かが分かるとも思っていなかった。

しかしその神社の由緒を読んだあと、私は思わず固まった。

その内容は、大昔人々が悪しき龍に苦しめられていた所を、偉いお坊さんが鎮めてくれたというものだった。


読み終えて私の頭に「人柱」という言葉が浮かんだ。

昔話で氾濫する川や害をなす神様に人身御供として若い女性を捧げる話は定番だ。


私はパソコンの画面を見ながら「まさかね」と呟いた。

普通に考えたら、ただの誇示付けの妄想にしか過ぎない。

神社の由緒には「人柱」なんて、そんな事は何一つ書かれていない。


それでも、しかし。


たった一人の花嫁姿の、本当なら幸せなはずの結婚式を思い浮かべて、私は少しだけ悲しい気持ちになった。

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