第2話 母さんの仕事

 心地良い風と振動、そして力強く抱き締められているような安心感。

 こんな穏やかな気持ちはいつぶりだろう。

 少しだけこの時間を惜しみながら意識を覚醒させる。


「え・・・どぅああああああああーーーーっ!」


 縛られていた。

 しかもデカいバイクの荷台に!力強く!すごい風!


「ああ。起きたか。悪いがしばらく堪えてくれ。もうすぐ到着する。」


 どこに!? どうなってる?

 あまりの状況に言葉が出ない。停車する気もないらしい。


「まず、礼を言う。状況から見るにアンタが助けてくれたんだろう? ありがとう、命の恩人だ。」


 ・・・その一言で我に返る。戦闘の記憶が蘇る。この人は確実に生半可な素性の人種では無い。まあ、今のところ悪い人ではなさそうだ。でなければ、私が意識を失っている間にどうとでも出来たはずだ。風音とエンジン音で良くは聞こえないが、年もそこまで離れていないように感じる。聞きたい事は山ほどあるがうまく言葉が出てこない。それを察してか、その人は言葉を続ける。


「オレはヴァシリー。ヴァシリー=グリッドマン。ヴァシリーでいい。現時点では名前までで勘弁してくれ。・・・ああ。事後報告で申し訳ないが、できる限りの応急処置と一通り身体検査はさせてもらった。今向かっているのはアジトなものでな。」


 ん!? 身体検査? 一通り!?

 よくよく見るとあれだけの戦闘を経ているのに衣服や装備が不自然なほど整っている・・・この事が意味するのは・・・

 

「一通り・・・一通り!?」


装備の下の小傷まで応急処置をされてると言う事は、おそらくほとんどそう言う事だ。恥ずかしさと怒りでワナワナと体が震える。

ワナワナってほんとにするんDeath


「無事でなにより。」

「一通りってどの通りですかーっ!」


 羞恥心からわけがわからない事を口走る。本来は、あの場面でリスク承知で敵との間にで割って入ってくれた事、怪我の処置までしてくれた事、こちらこそ礼を言わねばならない・・・・どうにか、どうにかワナワナを鎮める。


「あ、あの・・・私こそ助けて頂いてありがとうございます。・・・あなたはあんな所で何をしてたんですか?」


 我ながら間抜けな質問だ。


「申し訳ないが、今は言えない。おそらくアンタの敵では無いと思う。あの施設には偵察に行っていた。アンタを見つけたのは偶然だ。」

「・・・その体、普通じゃない。民間レベルで扱えるナノマシンじゃない・・・」


 背中越しに一瞬だけ目が合う。緑色の瞳。初めて見る瞳の色だった。


「到着だ。」


 停車し、ヴァシリーが軽やかにバイクを降りる。

 と、その瞬間。


 ヒュン!


 風切音と共に首筋に冷たい感覚が走る。


 「ミカ! たぶんそいつは敵じゃない! 殺すな。」


 たっぷり3秒くらい遅れて状況を把握する。首筋に刃渡り30㎝くらいの刃物が当てられている。


「は・・・ひっ?」


 相手は女の子だった。どこから現れたのか、いきなり現れたとしか形容できない。


「ミカ、縄を解いて連れて来てくれ。」


 ミカと呼ばれる女の子はその間も私の挙動から一切目を離さない。私の素人丸出しのリアクションに当面の脅威は感じなくなったのか、手際よく縄を切る。また見えなかった。あれだけ大きな刃物なのにいつ切られたのかもわからない。


「来い。」


 こちらにはお構いなく歩き出す。声が幼い、13〜14歳くらいだろうか。慌てて端末を抱え後に続く。

 背後で、乗って来たバイクが地面に飲み込まれて行く。いや、格納されて行く。すごい。

 ミカはすでに入り口らしき所で私を待っていた。大木の根元の、人が2人通るのがやっとくらいの穴だった。小走りで追いつき。後に続く。

 掘りっぱなしの何の舗装もしていない穴を10mくらい進んだだろうか、重厚な扉がいくつかの仕掛けと共に重々しく開く。いきなり景色が開けた。

 テニスコート一面分位の空間だった。壁にそっていくつかの区画に分けられ、さまざまな機器が置かれている。パッと見、政府機関の軍用設備と遜色ない感じだ。その一番奥に簡単な居住スペースのような一角があり、そこで数人が談笑している。


「ああ! よく来てくれた! そこにかけてくれたまえ。」


 私に気付き、ひとりの女性が声をかけて来た。一言で表現するならば、<エロい人>だった。露出があるわけでもない、むしろタイトではあるがスーツスカートで堅いイメージなはずなのに<エロい>。

 私がたじろいでいるとミカに背中を刃物の柄で小突かれる。慌てて座る。


「私は、リズ=ラングラーだ。ここの代表をしている。まぁ、私を含め5人しか居ない組織だがね。」


 一番大きなソファに優雅に座り、組んだ脚を組み替える。見えそうで見えない。エロい。


「まず、名前から伺っていかな?」


 声のトーンが変わる。和やかな雰囲気を一言で締める。この人も堅気ではないらしい。

 

「わ、私はマナ、マナ=キサラギです。」


 名乗った瞬間、部屋の空気がもう一段下がる。なんで?


「母親の名は?」

「え? シズカ・・・ですが。」


 そう答えると、今度はいきなり空気が緩む。


「そうか、それで納得が言った。ヴァシリーの報告から、もしやと思ったがんだが、やはりそうか。」


一呼吸置いてから、リズがゆっくりと口を開く。


「マナ、私たちは全員、君の母さんに命を助けられている。」




 








 


 



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