ネットランナー
@Guarddog
第1話 ネットランナー
「・・・しくじった! 全然潜りきれてなかったんだ!」
突如鳴り響く警告音に、慌てて周囲を見回す。セキュリティーボットが到着するまで、おそらく1分前後。警備システムを無効化し切れていなかったらしい。
それでもここで捕まる訳にはいかない。
「緊急ピックアップお願いします! 3分後にE35エリア入り口で!」
走り出しながらヘッドセット型の無線機に叫ぶ。運動慣れしていない体にハッキング用端末を抱えながらの逃走に絶望感を抱きながらも足だけは止めない。 直後、すぐ背後で爆発が起り瓦礫混じりの爆風に煽られる。なんとなく想像が着くので見ない。
いや、見たくない。
「いやーーーー!」
見てしまった。 4本足の土台の上に人の上半身を乗っけたようなセキュリティボットが壁を突き破って追ってくる。紅く光る両目が夜闇に映えて印象的だ。
「キモーーーー!」
見てしまった事を後悔しながらピックアップポイントに着き、物陰に隠れ再び無線機に叫ぶ。
「到着しました!どこですか?」
「・・・」
「到着しました!!応答願います!」
「・・・」
返ってくるのはノイズばかりで繋がる気配がない。
「やられた・・・」
バックレだ。運び屋に逃げられた。
契約では、前金で10万、完遂後に10万支払うはずだった。思えば、政府レベルの施設への侵入は前金30万前後が相場だった。それが10万そこそこで受けてもらえた事自体がおかしかったのだ。一番大事な所で値段に飛び付いてしまったしまった自分が恨めしい。
次の瞬間、けたたましいスキール音を立てて目の前に4mを超える巨体が滑り込んでくる。自分の胴回りくらいはありそうなアームが振り上げられた瞬間、どうしようもない現実に思わず目を閉じてしまう。
「こんな所で・・・お母さんごめん」
そう呟くのがやっとだった・・・
====西暦2040年代、AI技術、インプラント技術の爆発的な発達により人々の生活は激変した。政治、軍事関連、金融、個人の生活から国家レベルの運営管理までほぼ全てに自立型AIが介入するようになる。それにより、政府が方向性を決め、その政策をAIに運営させるという構図が出来上がった。
<コード>と呼ばれるキーを使ってAIを管理し、<コード>の運用権は政府のみが持つと言う事実上の独裁政治の始まりだった。
当初は、AIの学習能力、効率性、持続性、そして革新的な技術開発能力を誰もが賞賛し、インプラント技術においては、医療から軍事に至るまで関わらない物がないレベルにまで達した。
やがて政府のAIによる管理が、犯罪や貧富の差を防ぐと言う大義のもと個人のプライベートにまでおよび、全てが監視下に置かれる。そうなると、人々の間で政府への疑念を持つものが生まれ始める。実際、政府にとって有益であるか、無害な人間のみが優遇される世界になっていた。
そんな状況下、切り捨てられスラム生活を余儀なくされてしまった者達の中から反政府勢力が現れるのに時間はかからなかった。自由より平穏を選択し、政府の恩恵を受けられる人々と、人としての尊厳を取り戻そうとする人々。世界は二分される事になる。
政府は後者を、ネットランナーと定義し排除対象と定めた====
私は、生まれて初めて死を意識した。志半ばで散る無念と、自分が積み上げてきた物が一瞬で奪われる恐怖に思考が停止していた。
不気味な機械音と共にアームが振り下ろされた瞬間・・・・
ガン!
駆動音とは明らかに異質な、衝撃音が耳を叩く。
そこから1秒・・2秒・・3秒・・・いっこうに私の体が押し潰される気配がない。だが恐怖で状況の確認すら出来ない。
「早くそこをどけ!」
突然怒号を浴びせられた。人の声だと理解するのに時間がかかってしまう。
「聞こえないのか! そこをどけ!」
2度目の怒号でやっと目を開けられた。そこには信じられない光景が展開している。
人が、私を庇うように4m以上もあるセキュリティーボットのアームを受け止めていた。
「長くは持たない! どけ!」
ここでやっと我に返った私は立ち上がろうとするが脚に力が入らない。
「チッ!」
私が腰を抜かしてるのを理解してその人は舌打ちすると、受け止めていたアームをいなし、同時に腰に収めてあった通常よりかなり大型の拳銃を構える。
正直、いなしてから構えるまでの動きは早すぎてみえなかった。
間髪入れずアームの関節部分を撃ち抜く。発射音は拳銃のそれではなかった。対空砲でも撃ってるような音と衝撃だ。
関節が砕けると同時に真上へ跳躍。7〜8mは飛んだ。もう人じゃない。
ほぼ同時に撃発音が3つ。残りの脚が吹き飛ぶと同時に着地。私を小脇に抱えて、こちらに何かを発射しようとしていたセキュリティーボットの頭を吹き飛ばす。
私はここで、意識を失ってしまった。
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激しい水音によって目を覚ます。軽い頭痛を感じながら少しずつ周りの状況を確認していく。
滝壺にほど近い、少々ひらけた芝生の上に寝かされていた。水音は滝壺かららしい。すっかり夜も開けている。どれだけ意識を失っていたのか・・・大した怪我もないようだ。ハッキング端末も揃っている。
「そうだ! あの人は・・・」
あの危機的状況から救い出してくれた恩人を探す。
・・・足元に転がっていた。うつ伏せのまま意識を失っている。声を掛けようと肩に手を触れた瞬間、すぐに異常に気づいた。
熱い、異常に熱い。
元々、研究者だった私はこれまでの状況からすぐに原因に辿り着く。
「特殊強化兵・・・ナノマシンの暴走・・・生体組織崩壊が起きてる・・・・」
身体能力のブースト目的の軍用ナノマシンの適合者は、0.01%と聞く。ここまでの性能を実現して生きてる個体は見た事がない。だが、実際に目の前に存在して、このままだと確実に死ぬ。ナノマシンが生体の修復側に全くまわっていない。
まず、首筋にあるメンテナンス用端子に端末を接続して内部の状況を把握する。すると、更に異常な状態に驚かされる。通常、体内に注入できるナノマシンの量は、重さにして体重の2%が限界とされている。医療用であれば1%程で十分だ。
それ以上は制御が極端に困難で、暴走するか体組織が崩壊してしまう。
それがこの人は、20%近くを注入されていた。奇跡か突然変異か、もしくはその両方か・・・
とにかく、ブースト機能側に全振りされてるバランスプログラムの書き換えを試みる。急がないと、脳や内臓が保たない。
プログラムを開いた途端、無数のエラーとセキュリティロックとの戦いに突入する。先ほど命懸けで入手したプロトコルを駆使してロックを解きつつ、同時に暴走を起こしているナノマシンのプログラムを高速で書き換えていく。もはや人間技ではない。ダッシュで綱渡りしながら左手でブロックパズルを解きながら、右手でピアノを弾く様な感じだろうか。案の定、脳に負担がかかり過ぎで鼻血が出てきた。
5分程だろうか、やっと画面から赤い警告が消えナノマシンのプログラム書き換えが完了し、正常稼働に移行した旨の表示が出てきた。
「あぁ・・・やばかった・・・」
体温が下がっていくのを確認し、鼻血を拭ったところで力尽き、そのまま彼の上に倒れ込んでしまう。
「細身に見えるのに、意外と背中広いんだなぁ」
そんな事を考えながら、また意識を失った。
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