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とはいえ、階段を上るたびにジャラジャラ鎖が擦れる音がして、今まで経験したことのない緊張感。それに、心細い……。今頃かなでくんもこうして捕まっているのかな。かなでくんはこのお芝居のこと知っていたのかな。
いろんなことを考えていたら、おじさんが急に立ち止まった。
「女王陛下! 連れて参りました」
おじさんの低くて大きな声で耳がキーンとする。な、なにごと?
「……ふむ、その者が。近くに連れてこい」
女王陛下、ということは女王さまということ? でも、なんだか今の声って……。
違和感を覚えて、歩いていく途中、おじさんの背中からちょっとだけ顔を出した。ほこり一つ落ちていない透明な床に、真っ赤な絨毯が続く。十段ほどの階段の先に金色の装飾が施された豪華なイスがあって、そこに座っているのが……――。
「なんだ、ただの小娘ではないか」
――金色の髪をツインテールにしてラベンダー色のドレスを着た女の子、だったんだ。
「ハッ。しかし、例の場所に倒れておりましたので、その……」
「ふん、念のため、か。確かに奇妙な服を着ているな。お前、名をなんという」
女の子はわたしと年齢が変わらないように見える。ううん、もしかしたらわたしより小さいかもしれない。そんな子が「女王さま」なんて……やっぱりこれ、お芝居だ。
ホッとしたら肩の力が抜けてきた。それどころか、このお芝居に乗っかってあげようという心の余裕まで出てきたんだ。
「わたし、花宮ひいろといいます」
「ハナミヤヒイロ……? 名前まで変わっている。ヒイロ、お前はなぜ神の間に倒れていたのだ? どこから入った?」
「えっ……」
そんなの、聞かれても困る。わたしの方が聞きたいくらいだ。
「……あの、台本とかないんですか?」
さっきから一ミリも動かないおじさんに向かってこっそり聞くと、おじさんはやっぱりわたしを睨んだ。
「答えられぬか。ならばすることは一つ。プレオン、ミオン」
女の子の声に、どこからかやって来た鎧の男の人たちがわたしの首に槍を突き立てる。
「え……ちょ、ちょっと! あの、さっきから思ってたんだけど、いくらなんでもやりすぎじゃない?」
「じょ、女王陛下になんと無礼な!」
抗議もむなしく、槍はますます首に近づく。なにこれ、このままじゃ本当に刺さっちゃうよ!
「――お待ちください、ローズマリーさま」
と、その時、横から涼やかな声が聞こえてきた。どこかで聞いたような……。
ちら、と横を見たら、白いマントがはらりとひるがえっていた。カツンカツンと、これまた白いブーツの音が響く。サラサラなプラチナの髪に透き通るような白い肌。あれ、この人って 。
男の人は女の子の前まで来てひざまずいた。
「ローズマリーさま、ただいま戻りました」
「ルカ……視察はどうだったのだ」
「それはまたゆっくりご説明します。それより彼女のことですが……」
ルカ、と呼ばれる男の人が振り返ってわたしを見た。シャラリと雪の結晶の形をしたピアスが揺れる。……やっぱり。こんなにきれいな人を見間違うはずはない。広場でわたしたちに時計台のことを教えてくれた人だ。
「ああ、神の間にいた侵入者だ。今から処刑をするところだが?」
「お待ちください。彼女は救世主ではないですか」
ルカくんの言葉に女の子はピクリと片眉をつりあげた。
「救世主だと? この小娘が、か」
「はい。二つの月が重なる夜、異世界より神の間に現れし者……それが救世主の条件のはずでは」
「たしかにそうだ。だがこやつはなにも知らぬようだが?」
「移動のせいで混乱しているのでしょう。処刑の判断はまだ早いかと」
ちょっと待って。その救世主、というのがわたしの役……ということ?
なにがなんだかわからないけど、とりあえず話を合わせておいた方がよさそうだ。わたしは女の子に向かって必死に頷いてみせた。
「……プレオン、ミオン」
女の子の声でわたしに突き立てられていた槍がおろされた。ホッとしたのもつかの間。
「救世主というからには、癒しの魔法を習得しているはず。手始めにわたしにかかった呪いをといてみせよ」
女の子が「ほら」と言わんばかりに両手を広げた。魔法? 魔法って言ったって……。
目がきょろきょろと泳ぐ。そんなわたしの様子に、女の子は「ハッ」と大きく笑った。
「やはりこやつは救世主ではない。だいたい、あの伝承もどこまでが真実か疑わしいものだ。異世界から救世主がやってきて、スカーレットを見つけ出す、だなんて――」
「……スカーレット……?」
女の子の言葉につい反応してしまった。だって、その名はママから聞いたおとぎ話の王女さまの名前だったから。もしかしたらこれは「スカーレット」を探して助ける、というお芝居なのかもしれない。そう思ったら。
「おまえ……スカーレットを知っているというのか⁉ あの女を……⁉」
……なんだか様子がおかしい。女の子は目をカッと見開いて、座ったまま思い切り足を踏み鳴らした。この反応って助けたいっていうより、むしろ――。
「……いいだろう。ヒイロ、おまえにチャンスをやる。どこかに咲くルビーと呼ばれる赤き花を摘んでこい。それができたらおまえを救世主として認めてやろう」
女の子の挑むような目に胸がドキンと鳴った。気づいたら、わたしは「はい」と呟いていたんだ。
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