2 ここが、トキノワ国!?

 暗闇の中、ぽつんと鏡が浮いている。近づくにつれて中に人が映っているのがわかった。ふわりと長い髪、バラ色の頬に優しい微笑み……ママ⁉


『お願い、ひいろ……国を……トキノワ国を助けて……』


 ママは困ったように目を伏せた。

 なに? なんの話?

 じっとママを見つめたら、ママの姿が突然ぐにゃりと歪んで、ちがう人のかたちになっていく。今度は短い黒髪でキリっとした目の――。

 え……かなで、くん……? かなでくんより大人っぽいけど似ている。でも、なんで?


『……ずっと、待ってる。ス…………ト』


 男の人が、わたしに向かってなにかを囁いている。苦しそうな表情。右目からスーッと一筋の涙が零れ出る。それを見ていたらなぜか悲しくって、苦しくって。

 泣かないで。大丈夫、わたしはここにいるから。また会えるから……。




「待って、て……」


 ぼんやり目を開けると、わたしの手はなにかを掴もうと宙を漂っていた。背中がひんやりと冷たくて、そのおかげでだんだん頭が冴えてくる。いつの間にか眠っていたんだ。

 それにしても妙にリアルな夢だった。ママの夢なんて見たの、いつぶりだろう。よくわからないことを言っていたけど……。だって、トキノワ国っておとぎ話でしょう?

 それに、もう一人。あの人はかなでくんに似ているけどかなでくん……じゃない。もっと大人だったし、わたしとかなでくんは今日が初対面なんだから。「待ってる」なんて言うわけ……って、そうだ!


「かなでくん⁉」


 ハッとして飛び起きた。真っ暗闇に飲み込まれて、そのあとどうなったんだろう。かなでくんは無事なのかな。

 ぐるりと見回してみたけど、辺りは薄暗くてよく見えない。床は石でできているからここは時計台……のはず。でも、なんだか様子が変だ。そもそも、時計台からは外を眺めることができるはずなのに、どこを見ても石の壁が続いていて外が見えない。


「とにかく、かなでくんを探さなきゃ」


 立ち上がって歩き出そうと一歩踏み出したら。


 ――ジャラ。


 聞き馴染みのない音が響いた。それに、足が重いような……。そう思って自分の足元を確認したら、そこには金属の太い鎖がついていたんだ。鎖は足首から壁まで伸びている。えーっと、つまりこれって……わたし、繋がれているの⁉


「な、な、な、なにこれっ⁉」


 瞬時に理解できなくて、思わず大声で叫んでしまった。わたしの声がわんわん反響する。鎖に繋がれているって普通じゃないよ。それに、なんのためにこんなことを⁉

 その時。ゴゴゴ……と重苦しい音がしたかと思うと、一筋の光が現れてわたしを照らした。久しぶりの光に眩しくってとっさに目を閉じると、誰かの低い声が聞こえたんだ。


「目覚めたか、侵入者よ」


 ――しんにゅうしゃ……?


 恐る恐る目を開けてみる。するとそこには鎧を身にまとい、槍のようなものを手にした大きなおじさんが立っていた。


「ひゃあ!」


 わたしの叫びにおじさんはギロッと険しい視線をよこした。あまりの恐怖に慌てて口をふさぐ。誰、この人。


「喚くな。お前は今から裁判にかけられるのだぞ」


 さ、さ、裁判⁉


「ちょ、ちょっと待ってください! 裁判ってなに? これって……百年祭の催し物かなにかですよね?」


 そうとしか思えない。わたしは知らず知らずに百年祭の催し物に参加することになっちゃったんだ。きっとこのあと、おじさんがコッソリ「そうだよ」って言ってくれるはず。そう思ったのに……。


「喚くなと言っているだろう。裁判の前に八つ裂きにされたいか!」


 おじさんはあろうことか、わたしに向かって手にしていた槍を突き出した。鼻先にきらーんと鋭利なものが近づく。これ……ホンモノだ……。

 ドッドッドと心臓が激しく動く。暑くないのに背中を汗がたらーっと垂れた。

 落ち着け、ひいろ。ゴクリと唾を飲み込んで。目だけを動かして、自分のいるこの場所を改めてよく観察してみた。

 石の壁に石の床、ぐるっと丸い造り。それは時計台と同じだ。だけど、苦労して上ってきた階段が見当たらない。それどころか、おじさんが入ってきた頑丈なドアの向こうに、上へと続く階段が見える。

 ちがう……ここは、時計台じゃない。でも……じゃあ、ここはどこ?

 なにがどうしてこうなったかわからないけど、とりあえず今はおじさんに従うしかなさそうだ。わたしが大人しくなったからか、おじさんはフンッと鼻を鳴らすと、


「初めからそうしていればいいものを」と満足気に呟いた。


 おじさんはいつの間にかわたしの足の鎖を取り、その代わり両手を鎖で縛りあげていた。それをぐいっと引っ張るもんだから、痛くて涙目になっちゃう。でも、我慢だ。このお芝居が終わるまでの、我慢。

 そう、これは絶対にお芝居なんだ。きっとどこかにカメラがある。そうじゃないとおかしいもん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る