1-3

 時計台のてっぺんまではエレベーターでびゅんっと行けるんだろう……と思ったわたしが甘かった。まさか、らせん状の石段がずっと続いているなんて。


「ま、まだぁ……?」


 ヘロヘロな声で前を行くかなでくんに話しかけた。まだ肌寒い季節なのに、わたしの額からは汗がふき出ている。この石段、永遠に続くんじゃないかな。そう思うとクラッて眩暈までしてきた。


「今半分ってとこ。まさか、帰りたくなったとか言うんじゃないよな。あんなに張り切って『行く』って言っといて、まさかな」


「い、言わないよっ」


 トゲのある言い方にムッとする。言わない……けど、ちょっと後悔し始めていた。これでなにもなかったらガッカリするどころじゃない。


「――ついたぞ」


 かなでくんのトンッと軽やかな靴音を合図に、視界が開けてきた。


「わぁ……!」


 見えてきた景色に疲れていたことも忘れて思わず声を漏らす。だって目の前には想像以上の絶景が広がっていたから。

 石段を中心に、ぐるっと三百六十度歩けるようになっていて、そこから町を見下ろすことができるんだ。風が吹き抜けて心地いい。カラフルな屋根に曲がりくねった石畳の道。それに遠くに海も見える。


「すっごく、きれい! ね、かなでくん!」


 言ったあとに「しまった」と口をおさえた。どうせかなでくんに聞いたところで「そうでもない」なんて言葉が返ってくると思ったんだ。だけど――。


「……たしかに」


 かなでくんは町を眺めながら静かに、そしてゆっくり頷いた。その反応があまりにも意外だったから、ぼんやり彼の横顔を見つめてしまう。


「なぁ、なんであんたは百年祭を見に来たんだ。別に、観光ってわけじゃないんだろ」


 かなでくんの口から飛び出た言葉にドキッとした。


「それは……それ、は…………」


 気づいたら、わたしはぎゅっとこぶしを握っていた。


「――ママを……ママを探すため。わたしのママ……行方不明なの」


 かなでくんは今日会ったばかりの男の子。なのに、なんでかな。誰にも言わないって思っていたのに、話しちゃった。きっと、かなでくんの瞳が、この美しい景色を映しているとは思えないほど悲しい色をしているからかもしれない。

 でも、こんな話をして今度こそ馬鹿にされるんじゃ……。そう思ったら。


「――オレも」


「え……?」


「オレも、ずっと誰かを探しているような気がしてて……だからあんたの気持ち、なんとなく……わかる」


 かなでくんは小さくそう呟いたんだ。

 誰かを探している気がするって……誰を?

 意味深な言葉になんて返したらいいかわからなくて。でも、かなでくんの表情がさみしくて悲しい理由がなんとなくわかった気がした。


「母親、見つかるといいな」


 振り向いたかなでくんの顔がほんのちょっとだけ優しくて、やっぱり胸がぎゅうってなる。冷めた男の子だと思ったけど、そんなことないのかもしれない。そうだよ、なんだかんだついてきてくれたし、きっといい人なんだよね。


「う、うん……。あ、そういえば、時計ってあっちの方だっけ」


 なんだか急に照れ臭くなって、ぎくしゃくと壁に沿って歩き出した。デコボコした石の壁の感触を楽しんでいると、急に大きな時計の文字盤が現れたんだ。

 なんで内側に文字盤があるんだろう。それに針は動いていない。


「あれ……なんだろう、これ」


 文字盤の下に四角い石のプレートがあって、ひっそりと文字が刻まれている。随分古いものなのか消えかけているけど、頑張ればなんとか読めそうだ。


「……緋色……の……魔女、と、白銀の騎士……が出会うとき……? ねぇ、かなでくん。これってどういう――」


 ――ゴーン、ゴーン、ゴーン。


 かなでくんの方を向いた、その時。耳を塞ぎたくなるほど大きな鐘の音が鳴り響いて、床がグラグラ動き出した。


「なに⁉ 地震⁉」


 そう思って外を見るけど、町の人が動揺している様子はない。……おかしいな、この時計台だけ揺れているの⁉


「おい!」


「かなでくん! ……きゃあ!」


 あまりに揺れが大きくてもう立っていられない! 座り込んで文字盤を見上げたら、さっきまで止まっていた長針と短針が、あり得ない速さで動いていたんだ。異様な光景にブルルと体が震える。

 空は一面の真っ暗闇。一瞬、夜になったのかと思ったけど、そんなわけない。闇はどんどん広がって、わたしたちを飲み込んでいく。


「なにこれ……やだ……こわいよ……」


 かなでくんがこっちまで走ってきて、わたしの手をにぎってくれた。だけど……。






 ――緋色の魔女と白銀の騎士が出会うとき、やがて新たなときが刻まれる。






 もう目を開けているのも限界で、わたしは眠るように目を閉じたんだ。

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