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 時和町のメイン通りは歩行者天国になっていて、たくさんの人でにぎわっていた。子どもたちがどこかでもらっただろう風船を片手に、ニコニコ笑顔で歩いている。その姿にこっちまで幸せな気分になる。

 それに、そこかしこにキッチンカーが停まっていて、いい匂いがプーンと香ってくるんだ。朝食を食べ損ねたわたしのお腹がぐぅと鳴る。


「ねぇねぇ、あれ見て! なにかな! あ、あっちのも! おいしそう~!」


 前を行くかなでくんのパーカーのすそを引っ張ってみた。だけど、彼はそれを振り払うようにしてひたすらズンズン進んでいく。


「……あっ、あそこでダンスのパフォーマンスがあるんだって! 見ようよ!」


 気を取り直して中央の広場を見たら、着飾った人たちが集まっていた。なんだかとっても楽しそうだ。今度はかなでくんの背中をバンバンたたいてみた。

 かなでくんはチラと横目で広場を見て、すぐに視線をそらした。まさか、これもダメ?


「別に、そんな楽しいものじゃない」


「で、でもでも、見てみたら意外と面白いかもしれないじゃん」


「興味ない」


 ……朱里さん。人選ミスだよ。かなでくんは百年祭を楽しもうとしていないみたい。それどころか、ずっと変わらずさみそうな、つまらなそうな顔をしているんだ。

 ちょっと気になるけど……それは、それ。わたしは百年祭を思い切り楽しみたい。そうじゃないと、ママに関するヒントだって見つけられないかもしれないから。


「ねぇ! もうちょっと楽しも――」


「君たち」


 楽しもうよ、そう言おうとしたら、横からふいに声をかけられた。振り返ったら、白いマントに白いフードをかぶった男の人が立っていたんだ。

 わたしより少し年上かな? サラサラなプラチナの髪に透き通るような白い肌。片耳に雪の結晶の形をしたピアスが揺れている。すごく……きれいな人。その姿に、返事をするのも忘れて息をのむ。


「えーっと……」


「あ、は、はいっ!」


 慌てて答えたら、男の人は優しくほほえんだ。笑った顔まで素敵だなって見とれてしまう。でも……まるでおとぎ話から飛び出てきたみたいな恰好だ。百年祭だから仮想でもしているのかな?


「あそこに見える時計台なんだけどね」


 男の人がパッと宙を指さしたので、わたしもつられてそっちを見る。

 彼が指さすその先、並んだ建物の間からにょきっと飛び出たのっぽの時計台があった。石でできたそれは、古めかしくってとても歴史を感じる。文字盤の上には錆びた色の小ぶりな鐘がぶら下がっている。


「五年前の事故は知っているかな。あの事故から止まったままだった時計が、百年祭を記念して再び時を刻み始めたんだ。よかったら上まで行ってみない? 町が一望できるよ」


 ――五年前。


 ドキンと心臓が鳴る。それは、ママがいなくなった年と一緒だった。五年前から止まっていた時計が動き出す……もしかしてあの絵ハガキが示しているのってこのことなのかも。


「……行くっ! 行きます!」


「おいっ」


 即答するわたしに向かってかなでくんが声を荒げた。キッて睨まれてちょっぴり怖いけど、こればっかりは譲れない。


「さっきから全然見て回ってくれないんだもん。時計台くらいは行ってもいいでしょ?」


 そう言い切って、思い切りかなでくんの腕を引っ張った。もう一度前を見たら、そこにはさっきの男の人の姿はなかったんだ。

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