第12話
健太は願う様に良助が電話に出てくるのを待った。一体何コール待っただろうか、プッという音と共に「よう」と懐かしい声が聞こえた。いや、懐かしいというのは何ともおかしな表現だ。良助は健太の親友であると言っても半年連絡しない事もザラだったからだ。
良助と会ったのはわずか一ヶ月前。今までの感覚からすればつい最近である。それでも健太にはまるで10年も会っていなかったかの様に懐かしさがこみあげていた。
健太も返事を返そうとしたが、上手く声が出ない。気づけば口は乾き、喉からかすれたような呼吸音が漏れるだけだった。
「おーい、どうした。」
いつもの様な良助の声にどうにか落ち着きを取り戻し、できる限りのつばを飲み込んでから、それでもかすれる声でマイクに喋りかけた。
「りょ、すけ。」
その声の後、一瞬の沈黙の沈黙があった。
「おい健太、お前大丈夫なのか!?」
多分察しの良い良助の事だ、声の感じからこちらの状況を理解したのだろう。慌てた様にこちらの状況を聞いて来た。
大丈夫ではない。健太は良助の言葉を受けて感情が溢れ出てくるのを感じた。
健太は崩れる様に膝をつくと漏れ出る嗚咽を抑える様にうめき声を上げた。喉は乾いているのに目は涙で一杯であった。
それからどうにか落ち着きを取り戻し、水を飲んでから健太は良助に自分の状況を説明した。
「まさかそんなことになってたのかよ。お前の事だからその頭使ってなんとか上手い事立ち回ってると思ってたわ。」
話を聞き終えた良助の感想はそれこそ健太の思いもよらないものだった。いったいこの生活力のない男にどんな立ち回りができると言うのか、これが謎の信頼感と言うヤツか。脱力した様に健太は良助の状況を聞く事にした。
そしてむしろ良助の方が上手い事やっていた事を知った。彼が餓死している可能性まで考えていた健太は自分にあきれ、自分の小賢しいだけの頭とできる事の少なさに恥じた。
良助は健太と別れてからすぐに嫁と相談をして農家である嫁の実家に転がり込んだらしい。一週間程様子を見る程度の覚悟だったとの事だが、事態は悪くなる一方で結局ずっと居続けているらしい。一体全体あの状況でどうやったらそこまでの判断に行きつくのか、健太には全く理解できなかった。
とは言え農作物泥棒は絶えず、近隣の農家全体で協力して見回りとバリゲート作りに大忙しの毎日らしい。そんなこんなで良助は労働力として歓迎され、特に邪険にされているという事もなく、その結果として食事には全く不便の無い生活という事だった。健太はそれだけで全財産を譲り渡したい程の魅力を感じた。
その後、良助は嫁の家族の許可を取り付けて最早速度制限の無きがごとし無人の高速をかっとばし、4時間程で駆けつけくれた。
その時に水筒のカップで飲ませてくれた具の無い豚汁は健太の人生で最高の食事となった。人は水があれば一週間以上生きられると言うが、そんな事は信じられなかった。もしかしたらあと数日したら冬眠の様な状態にでもなったのだろうか。
それから健太は新潟の家に連れていかれ、一週間程寝たきりとなった。
どうにか元気を取り戻した健太は元々無い筋力にむち打ちながら力仕事をしていた。ここでは働かざる者食うべからずが鉄の掟である。頭脳労働は全く求められていなかった。
健太の驚くほどの貧弱さにあきれながらも良助の義理の家族は健太が家にいる事を許してくれた。
健太は自分なりに懸命に働き、どうにか役に立とうと頑張った。何よりも過酷な肉体労働の後の食事は美味かった。健太は初めて食事が何なのかを知ったような気がした。最早部屋の中で飼いならされた猫の様にグダグタと生きていたのが幻だったかの様だ。
そして半年ほどの時間を経て日本の情勢もどうにか落ち着きを取り戻していた。国連による治安維持部隊が編制され、食料配給がはじまり、世界銀行からの貸出という形で大量のドルを借り受ける事でどうにか大きく進んだ円安を止める事ができたのだった。
そのニュースを聞いて健太は全ての米国資金を円に戻し、資金を三倍にした。しかし健太にとってそれは習慣的にそうしただけの事でなんの感慨ももたらさなかった。果たしてこの稼いだ金でいまさら何ができるのかも解らなかった。
治安維持部隊は日本のあまりにも騒動の無い事態に拍子抜けしていた。もちろん食料を求めての争いというのはいくらかあった。しかしそれは海外のそれに比べると驚く程ささやかなものだった様だ。一部の海外メディアでは電流を流されて気力を無くしたセリグマンの犬の様だ、との評で、健太もそれに同意した。
だが暴れた所で食料が出て来たのだろうか。いや、ある所にはあるというのはよく聞く話だ。国会議員等で餓死者が出ていない事を考えるともしかすれば出て来たのかもしれない。実際この農家にも健太一人を助けられる程度の余裕はあったのだし。
傷跡は深い物であった。餓死者は13万人にも及び、その中には少なくない数の子供が含まれていた。
果たして以前お金を渡した家族は生き残っているだろうか。貧弱な自分ですら生き残ったのだ、そうであって欲しい。
健太は雑草取りの手を止めて立ち上がると、腰を伸ばしながら西の空を眺めた。澄み渡った空はそろそろ夕焼けになろうとしていた。
「明日も晴れそうだな。」
すぐ近くで様子を見ていた良助が声をかけた。
「そうだな。」
そうに違いない。きっとそうに違いない、そう考えて健太はまた作業に戻った。
突然日本凋落が加速したらお金持ってるだけじゃどうしようもないかもね にひろ @nihilo
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