第166話 特別編④ 君たちには、国中の工房の安全をみてもらう

「うっわ、なんだこりゃ! 下手なダンジョンよりひでえぞ、これ!」


 リコルスの街で、もっとも危険な工房にクィンを連れてきた。その第一声がこれだ。


「やっぱりわかるよね」


「危険な箇所がざっと見ただけで二十や三十はあるぞ? あいつら、なんでこんなところで働いてられるんだ? 怖くないのかよ?」


 やはり見込んだとおりだ。


 小人族の冒険者といえば、罠の警戒や解除といったパーティの安全を担うことがほとんだ。つまり彼らは危険に対する嗅覚が鋭い、安全のプロなのだ。


 その安全のプロならば、工房に潜む危険への対処もできるかもしれない。


「どうだろう、クィン? この工房、どうすれば安全になるか見当はつくかい? とにかく事故が多くてね。それを極力減らしたいんだ」


「そりゃまあ、見当くらいはつくけどよ……。仕事なんだろう? タダで教えるわけにゃいかねえぜ」


 クィンは小さな手を広げて、こちらに突き出した。


「金貨五枚はもらうぜ。そしたら改善点を書き出してやる。実際にやれって言うんなら、その十倍は出しな。人足がかかるからな」


「わかった。じゃあまず金貨五十枚払う。よろしく頼むよ」


「は? えっ」


 なぜかクィンは驚いて固まった。


「うん? どうかした?」


「いや交渉しねーの? あーし、自分で言うのもあれだけど、かなり吹っかけたんだけど」


「人の命にも関わってくるからね。安全のためのコストはケチれないよ」


「……いいのかよ?」


「払った分だけ仕事はしてくれると信じるよ。必要なことがあったら、なんでも打ち上げて欲しい」


「それは……ああ、しょうがねえな。やってやるよ!」


「あと聞きたいんだけど、君の仲間たちは、君と同じように目が利くかな?」


「ああ、あーしほどじゃねえけど、工房の危険くらいなら誰でもわかるだろうな」


「なら決まりだ。君たちには、国中の工房の安全をみてもらう」


「はぁ!? 国中って、いったいいくつあるんだよ!」


「数えきれないね。間違いなく長期の仕事になる。それに、改善した点が維持されていくように管理し続けなきゃいけない。たぶん、終わりはない」


「それはつまり、お前、ずっとってことかよ?」


「そうだ。君たちには、この国でずっと働いてもらうつもりだ」


「それが本当ならありがたいけどよ……。あんた、何者なんだよ。やけに金払いはいいし、なんか権力もありそうだし。そのくせ、アジトに直接乗り込んできやがるし」


 おれの隣でソフィアがくすりと笑う。


「実はショウさんは、この国の王様なのです」


「は? はぁあ!?」


「なんちゃって」


 がくり、とクィンは肩を落とす。


「なんだよ、冗談かよ。あんまりマジな顔してるから本当かと思ったじゃねえかよ」


「いずれ本当になります」


「いやいや、はははっ、わかったわかった。あんた、意外と冗談好きなのな」


 一笑に付してから、クィンは真面目な顔になった。


「本格的には仲間を呼び寄せてからやるけどよ、とりあえず、あんたらに教えておくぜ。事故ってのはな、気をつけてりゃあ滅多に起きないもんだ。けどな、誰もがいつも気をつけていられるもんじゃない。だったら初めから、気をつけなくても安全な状態にしとくのが正解だ」


 それを聞いてソフィアも真剣になる。黄色い綺麗な瞳に、クィンを映す。


「初めから安全な状態? それは例えば?」


「例えば……ほら、あの射出成形インジェクション装置。あれ、金型を閉じるときに、手とか指とか挟んじまうかもしれないだろ? でもよ、そもそも手や指を突っ込めないように、壁とか扉があれば安全なわけだ」


「なるほど……。それは、なるほどです!」


 ソフィアはしゃがみこんで、クィンの手を取った。


「もっと教えてください。これまでのわたしたちにはなかった視点です! これでもっと良い物を作れそうです!」


 ソフィアの瞳に情熱的な輝きが宿る。おれも胸が高鳴ってくる。


「よし、宿を取ってくるよ。一週間くらい」


「一週間? なんで? 長くない!?」


「ふふふっ、付き合ってもらうよ、クィン。これも仕事のうちだからね」


「えぇ、なに? なにが始まるってんだよ?」


 その後、おれとソフィアはクィンを囲んで、たっぷりと意見を聞き出した。


 これによって、装置や設備に安全機能について、かなりの知見を得られた。


 とはいえ、少し悪いことをしたかもしれない。


「マジで、勘弁しろって……。寝かせろって……毎日朝から朝までこれは、きついって……。寝不足で作業するのも危険なんだって……」


 一週間も経つ前に、クィンはヘロヘロになっていたのだった。

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