第123話 深刻な悩みかと思っちゃったよ

 ケンドレッドの勧めに従って休暇を取っていたある日。


「アリシアに悩み? どうしてそう思うんだい?」


 ノエルに相談されて、おれは思わず聞き返した。


「うんとね、ソフィアたちと合流したあとくらいからだと思うんだけど、アリシア、気がつくとひとりになってること多くなかった?」


「確かに輪から外れてることは結構あった気がするけど、離れてるってほどじゃなかったよ。どっちかっていうと、見守ってるって雰囲気だったと思う」


「うん、だから確信はないんだけど……」


「まあどこか様子が変なのはおれも感じてたよ」


「どんなことでも、アタシたちに相談してくれたらいいのに……」


「相談できないことなのかもしれない」


「なら、見極めが必要ね! 行きましょう!」


「えっ、今から?」


 おれはノエルに腕を取られ、引きずられるように宿を出ることになったのだった。


 ふたりで物陰に隠れながらアリシアの様子を窺う。


 アリシアは聖女セシリーと雑談していた。バーンについてセシリーから話を聞いているようだった。


 話が済んだあと、アリシアはひとり手帳になにか書き留めていた。


 続いて、アリシアは散歩へ。カップルを見かけるたびに様子を窺い、やはりなにか書き留める。


 やがて木陰に腰掛けると、今度は本を開いて読み始める。かと思ったら、目をつむって考えだし、やがて先ほどの手帳を見返してから、なにか本に書き加えていく。


「なんか、思ってたのと違うね」


「う~ん、悩みじゃないのかしら?」


 小声で話したつもりだが、アリシアには聞こえたようだ。


 もの凄い俊敏な動きで本も手帳も背中に隠してしまう。


「ふ、ふたりともそんなところでなにを?」


 おれたちは素直に顔を出した。


「ごめーん。アリシアに悩みでもあるのかなって思って観察しちゃってた」


「じゃあ、ずっと見られてた!?」


「うん。なにか書き物をしてたみたいだけど……」


 おれが答えると、アリシアはあからさまに動揺して顔を真っ赤にした。


「あ、あれはなんでもないっ!」


「なんでもないものを書き留めたりはしないでしょ? もし本当に悩みなら、アタシたちに相談して欲しいし……」


「ああいや、悩みはあるといえばあるのだけど……でも、うぅーん」


 尻込みするアリシア。おれは正面に座って、視線を合わせる。


「遠慮しないでくれ、アリシア。おれたちはやがては家族になるんだ。悩みがあるなら、一緒に解決したいよ」


「うぅ、それが悩みの元なのだけど……」


 その一言にショックを受けてしまう。


「も、もしかして、実はおれとの婚約、嫌だったのかな……。陛下に言われたから、仕方なくだったってこと……?」


「ち、違う。そうじゃない! ただ、わ、私はその……恋愛物語を読んだり聞いたりしてきたくらいで、ちゃんとした恋愛の経験がなくて。ショウとどう触れ合えばいいのかわからなくなってきて……。だから……良き恋人とか、良き夫婦とはどうあるべきか勉強してたんだ」


 ノエルもそばに座って、会話に加わる。


「えっと、じゃあ、みんなから一歩離れて見守ってたのは……」


「うん……。カップルを観察してた」


 バーンとセシリー。エルウッドとラウラ。それに、おれとソフィアもか。


「なんだ。もっと深刻な悩みかと思っちゃったよ」


「心配をかけてすまない」


「それなら悩むことはないよ。学ぼうとしてくれたことは良いことだけど、ほかの誰かのやり方が、君に合うとは限らない。他所から持ってきたやりかたじゃ、かえってダメになるかもしれない」


「でも私は、このままでもダメだと思って……」


「おれはそのままの君でも充分魅力的だと思うけどなぁ」


 アリシアはますます頬を染める。上目遣いに瞳を向けてくる。


「ショウは、こういうとき本当に小細工なしで、ドキドキさせられる……」


 そこでノエルは首を傾げる。


「あれ? じゃああの本に書いてたのはなぁに?」


「あっ、あれは……悩みとはまた違うもので……みんなを観察してるうちに、理想の恋愛物語のようなものが浮かんできて、少しずつ書き残しているだけなんだ」


「お話を書いてるってことかい? それは凄いじゃないか」


「す、凄くない。ただの駄文だ。ほら、全然凄くない」


 本を差し出してくるので、おれとノエルはそれを覗き込む。


 しばし読ませてもらって、おれたちは顔を上げた。


「アリシア、これ凄く良い。キュンキュン来ちゃう」


「同感だよ。今回の旅が終わったら、簡単に本が作れる装置を考えてみようかな。それでこの物語をみんなに広めよう」


「そ、そんなことされたら、恥ずかしさで死んでしまう」


「そう言わないでさ。少し考えてみてよ」


「でも体験が伴わないものばかりだし……」


「だったら体験しちゃえばいいのよー」


 ノエルがにこりと笑って提案する。


「アタシなら、これ。不意打ちでキスしちゃうやつ。これやってみたい。相手はいることだし、ね?」


 おれは苦笑する。


「ね? じゃないよ。それに先に言ったら、不意打ちにならな――」


 言葉の途中で、おれは唇をノエルの唇に塞がれた。


 すぐ離れるが、顔がとんでもなく熱くなった。


「そ、そっちが不意打ちするの?」


「あははっ、これ、思ってたよりずっとドキドキするぅ~……」


 ノエルは自分からやっておいて、真っ赤になって縮こまってしまう。


 アリシアは唇を尖らせる。


「ずるい……」


 ノエルから本を取り戻し、胸に抱える。


「ショウ、私にも付き合ってもらえる?」


「う、うん。このままじゃ不公平だし」


「じゃあ、じゃあ……夜に、またこの場所で待ってる……!」


 アリシアはそう残して逃げるように立ち去っていった。


 そして約束通り、夜に同じ場所へ訪れてみると、アリシアは待っていた。


 ノエルのように大胆なことはせず、ただふたりで手を繋いで、満天の夜空を見上げる。


 アリシアにはそれが限界だったようだが、それだけでもとても満足した様子だった。





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