第106話 またそういう人を相手にするのか……

 リリベル村の、かつては畑だった土地は、いくつかの作物の他、綿花の栽培にも使われていたことがわかった。


 今は稼働していない工場の中には、綿花から糸を紡ぐ紡績機や、糸から布を作る織機が並んでいる。


「これならアレを生産することができそうだ」


「新素材の布地ね? 確かに、メイクリエ国内じゃ射出成形インジェクションのほうで手一杯だったし、ここから始めるのもいいかも」


「過去に村人がこの工場で働いていたのなら、作業を頼むこともできそうだ」


 ノエルとアリシアも同意してくれる。


 やがて、村の様子を改めて見に行っていたエルウッドとラウラが合流する。


「あたしたち、やっぱり歓迎されてないみたいよ」


「子供に石を投げられちまった」


「怪我はなかったかい?」


「ま、石くらいじゃな」


「……先ほどは、大変申し訳ありませんでした」


 そこでエルウッドの陰から僧侶服を着た女性が現れる。


「その人は?」


「ここの教会の司祭だとさ」


「カーラと申します。リリベル村を含めた周辺の教区長を務めております。子供たちのしたことゆえ、どうかお許しください」


「だから許すって。オレは気にしてない」


「ありがとうございます……。ただ、村人のお気持ちをどうかお察しください。畑や工場の様子をご覧になりましたでしょう? 幾度もの失敗で、大人たちは疲れ切ってしまい、子供たちはその無気力ぶりを当たり前だと思い込んでいるのです。異物を見れば、追い出したくなってしまうのです」


 おれは一歩進み出て、カーラ司祭と向かい合う。


「おれたちが異物ですか」


「新たな挑戦をしようとするあなたがたは、その様に見られるでしょう」


「ダリアとその話をしたのはついさっきだ。随分、噂が広がるのが早いですね」


「……あなたがたの、気力に満ちた様子からそう感じたのでしょう」


 返答が一瞬遅れたのを、気づかないおれたちじゃない。


 それからカーラは、挨拶を済ませるとそそくさと帰っていった。


「……怪しい」


 ノエルの一言に、ラウラも頷く。


「扇動みたいなことしてるのかしら」


「ひとまず様子を見よう。仕事を進めていれば、見えてくるものもあるさ」


 おれは一旦その話を置いておくと、やるべきことをまとめた。


 とにもかくにも、魔物狩りだ。


 鉱物資源のほぼないこの国では、金属材料はまず手に入らない。装置を作るには、べつの素材をアテにするしかない。


 幸い、この国には強力な魔物が多い。それらの鱗や骨、牙や爪、角は金属に勝るとも劣らない素材として活用できる。


 この国では魔物素材を活用するための道具も作れず、加工技術は発展しなかったが、おれたちは必要な道具はひと揃いあるから問題ない。


 また、新素材を抽出するために、何匹かの魔物を捕らえなければならない。


 そして、食料を確保するためにも魔物狩りは必須だ。


 村には買えるような食料はないし、教会の配給も村人以外に分け与えるような余裕はない。拠点として工場を使わせてもらえるようにはなったが、食料は自給自足しなければならない。


 戦力に問題はなかった。


 なにせ三人は元S級冒険者パーティだ。そこに単独でも強力なアリシアに、戦闘経験が乏しいとはいえS級魔法使いのノエルも加わる。


 正攻法でもドラゴンの一匹や二匹は倒せるメンバーだ。


 が、捕獲目的以外では、正攻法の必要はなくなってしまった。


「え? アタシ、なんかダメなことやっちゃった?」


 ノエルが思い付いたという新魔法を使ったら、戦いになるまでもなく、魔物は息絶えてしまった。傷がつかない分、素材採取には良いのだが……。


「えー……っと、ノエルさん? どんな魔法使ったの?」


 引きつった笑顔でラウラが尋ねる。


「氷結魔法よ? こう、心臓と脳の血管をちょちょいって凍らせてみたんだけど」


「いや超精密! 超高等技術! なに当たり前ですけどって顔してんの!?」


「えー、だって理論的にはできちゃうし」


「もー! A級とS級ってここまで差があるの!? 挫折しちゃいそうなんだけど!」


「落ち着いてラウラ。たぶんS級でもノエルが特別なんだと思う」


「特別? じゃあ、ふふ~ん♪ ショウ――じゃなくてシオン、褒めて褒めて」


 ノエルが楽しげに胸を張るので、おれは目一杯褒めて、頭も撫でてあげる。


「……羨ましい」


 ぽつりとつぶやくアリシアだった。


「私も活躍するはずだったのに」


「ま、まあ。捕獲のときに頑張ってもらうから」


 ノエルの魔法が頼りになるとわかったおれたちは、手分けしてもいいと判断した。


 おれやノエルが書いた設計図と魔力回路図を、エルウッドとラウラに預け、工場で装置の製作に専念してもらう。


 おれとノエルとアリシアの三人は、魔物狩りを続けて素材と食料を確保し続ける。


 その間、村人からちょくちょく地味な嫌がらせを受けていた。


 石を投げられる。罵声を浴びせられる。集めた素材の一部が盗まれる。などなど。


 大事おおごとにするほどの被害でもないので、気にはしない。


 やがて装置が形になっていくにつれ、興味を持って工場を覗く子供や若者が増えていった。声をかけても無言で逃げられるが。


 そして、いよいよ装置が完成間近となった、ある日の深夜。


 工場の周囲に張ってもらった結界に、反応があった。


 当番だったエルウッドが反応の主を捕えると、村の若者だった。たいまつの他、小樽一杯の油まで用意していた。


「シオン、お前の予想通りだったな。備えてなかったら焼かれていたぞ」


「ま、経験済みだからね」


 おれはその若者を一瞥して、すぐ悟ったように声を上げる。


「カーラ司祭に命じられたんだね」


「どうして、それを!?」


「ただのカマかけだよ。自供ありがとう」


 おれは肩をすくめて、村の教会の方向を見やる。


「やれやれ。またそういう人を相手にするのか……」





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