第105話 お腹を空かせた子供の前で、できるわけがないと言えるのか

 港町ユーリクは寂れてはいても、町として生きている雰囲気があった。


 だがこのリリベル村は違う。ひとつ間違えれば壊れてしまいそうな、危うい空気がある。


 まず、村人は働いていない。正確には、働き先がない。


 なんらかの畑に使われていたはずの土地は荒れ果てており、なにかの工場は稼働しておらず埃にまみれている。


 村人は一日のほとんどを教会で祈りを捧げることに費やしており、教会で配給されるわずかばかりの食料で飢えをしのいでいた。


 おれはその教会で、勇者ダリアと再会した。


 筋骨隆々。色黒の肌にドレッドヘアの強面の女性だ。


「この野郎! 今更ノコノコ帰ってきやがって!」


 いきなり殴りかかってきたダリアの拳をギリギリでかわす。が、そのままタックルじみた勢いでハグされる。


 おれもハグをし返して友愛を示す。すぐ離れると、ダリアは笑う。


「心配したぞ、馬鹿め!」


「悪かったよ、ダリア。少し痩せたかい?」


「やつれたんだよ! くそったれめ!」


「苦労してるんだね。相棒は? 地区の守護は、最低でもふたりひと組のルールだろう?」


「相棒なら北だよ。最前線」


「なら、この辺りの魔物は君ひとりが相手をしてるのか」


「ああ、おまけに配給の量も少なくなるばかりだ。けど、お前が帰ってきたからな! この辺りの守護は、少なくとも戦争が終わるまで持ちそうだ!」


「ダリア、おれは勇者をやるために戻ってきたわけじゃないよ」


「じゃあなにしに来たってんだよ」


「戦争を止めに来た」


「はっ! ならなんでこんなとこに来ちまったんかね!? 戦争を終わらせるんなら、お前が前線で【クラフト】を使いまくれば済むだろう。いくらでも死体の山をんだからさ!」


 仲間たちが驚く様子を尻目に、おれはダリアを睨みつける。


「奪い取った土地の資源を得たところで、貧困も戦争も終わらないよ。仮に奪えても、どうせ奪い返しに来る。戦争は続くし、なにも得られないまま国は疲弊して、この村みたいに死にかけていくだけだ」


「なら、お前はどうするつもりなのさ」


「この国が、外国に売れるなにかを作り出せるようにする」


「くっ、ふふふっ、あっはっはっは! なんだよ、お前も聖女様やサイアム枢機卿とおんなじバカ野郎かよ!」


 ダリアの目はどこか嘲りを滲ませていた。


「冗談を言ったつもりはなんだけど――ぐっ!?」


 瞬間、胸ぐらを掴まれたかと思うと、そのまま背後の壁に叩きつけられた。


「ふざけるなよ! そんなことできるわきゃないんだよ!」


「冗談じゃないと言った! お腹を空かせた子供の前で、できるわけがないと言えるのか君は!」


「言うさ! 言ってやるよ、何度でも! 誰かが挑戦するたびに裏切られてきたんだ。二度と期待するなって、神様だけ信じてろって言ってやるしかないんだよ!」


 胸ぐらを掴むダリアの手に、さらに力がこもる。


「お前はなんにも知らないまま出ていったもんな。甘いことも言えるよな! この国はな、あたしらが生まれる前から、何度も何度も、そういう挑戦をしてきたんだよ!」


「してきた?」


「ああ、でもな! 環境がそれを許さないんだよ。それとも神様か? とにかくなにひとつ上手くいかなかった。この国はな、本当に恵まれてないんだよ! 土地は痩せてて作物は育たないし、なんとか畑を作っても魔物に潰される。ろくに資源もないから、技術だって育たない」


 ダリアは口を動かすたびに、瞳を潤ませていく。


「神の名の下に厳しく意思統一して、食べる量すら管理しなけりゃ国が滅びるんだよ。戦争なんざくそったれだけど、生き延びるためなら仕方なしだろ。なのに枢機卿や聖女様は、理想論ばっかり振りかざして人心を惑わしてる! 一致団結しなきゃ滅びるってときに!」


 おれは胸ぐらを掴むダリアの腕を、力を込めて引きはがす。


「君らしくないじゃないか。涙を流して弱音を吐くなんて」


「……弱音じゃない。現実だよ」


「おれの知ってるダリアは、どんなときも諦めず戦う勇者の中の勇者だった。どんなにみんなが絶望していても、君だけは戦いの中に活路を見出してた。おれはいつも、そんな君の背中に勇気をもらっていたんだ。訓練を生き残れたのは君のお陰だったと思ってる」


「それがなんだって言うのさ」


「だから今の君を否定する。この国が滅びるとしたら挑戦をやめたときだ。戦争に踏み出した時点で、滅びは始まってる」


「だったらやってみろよ! できるものならやってみせろよ! それで失敗して、とっととこの国から出て行っちまえ!」


「そうは行かない。必ず成功させる。愛する人にまた会うためにも」


 ダリアはしばらくおれを睨みつけていたが、最後には「好きにしろ」と言った。


 おれは頷いて、彼女に背を向け、仲間たちと再び村へ出る。


「しかし、本当になんにもない国みたいね。なにか作るにも、素材集めからして苦労しそうよ?」


 ラウラの感想に、アリシアは首を横に振った。


「苦労はしそうだけど、なんにもないってことはないと思う」


 ノエルはすぐにピンときたようだ。


「あっ、そうね。この国、魔物多いもんね。新素材ならいくらでも……って、その抽出装置を作る素材すら手に入るか怪しいんだって……」


「なあに、なんとかなるさ。師匠の受け売りだが、無いなら無いなりになんとかするのが職人だからな」


 エルウッドの言葉に、おれは頷く。


「そういうこと。まずはもう少しこの村を調べてみよう」


 おれたちはダリアが言う過去の挑戦の痕跡――畑や工場を確認することにした。





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