第76話 俺には追放処分がお似合いだ

「心から……謝罪する。すまなかった」


 ケンドレッドはゆっくりと深く、頭を下げた。


「俺はお前の親父が妬ましかった。貴族やギルドの圧力を、実力だけで跳ね除けていたあいつがな。それが急にいなくなっちまって……その後継が、まだ乳臭ぇ小娘だなんて認められなかった。いや、やっぱりまた嫉妬したのかもしれねえ。だから出来るわけねえっつってよ、実際に出来なくなるまで追い詰めた。……許されることじゃねえ」


「……ですが、そのお陰でわたしはショウさんに出会えました」


 ソフィアは儚げに目を細め、おれやノエル、アリシアを順番に瞳に映す。


「みなさんと出会えて、素晴らしい技術を一緒に作り上げることが出来ました」


 ソフィアはケンドレッドに悪戯っぽく笑みを向ける。


「今日の勝利は、あなたが嫉妬したり、寄ってたかって追放してくれた結果です。ざまあみろ、です。そして――」


 ソフィアは胸元で手を握り、大きく息を吸って、その言葉を吐き出した。


「――ありがとうございます」


「すまなかった……本当に、すまなかった……」


 何度も謝罪を繰り返すケンドレッドを、ソフィアはじっと見つめる。いや、ケンドレッドを通して、どこか遠くを見ているようだった。


「それでも、わたしはまだあなたたちを許す気持ちにはなれません。ですが、よろしければ今度、父の話を聞かせてください。父との思い出を……」


「それは……できねえよ。俺は、この国から追放されるんだからな」


 ケンドレッドは顔を上げ、ヒルストンたちの席へ大きく声を張り上げる。


「そうだよなぁ!? 負けたほうは工房を潰して追放だって約束だったよな! なあ、ヒルストンにギルド長よぉ!?」


「なんだと。それは誠か!?」


 鋭く目を光らせて、セレスタン王がヒルストンたちのほうへ詰め寄っていく。


「どちらも優秀な工房であるぞ。争わせるだけならまだしも、負けた側を追放とはなにを考えている?」


「それは……」


 すぐには返答できないヒルストンに、ケンドレッドが追い打ちをかける。


「既得権益ってのを侵されるから、新しい技術が邪魔なんだとよ。で、今回は俺たちで潰し合わせたわけだ」


「そ、それらは言葉のあやにございます! 切磋琢磨のためには、本気にさせなければ……」


「そういやショウ、お前らの工房、放火もされたんだったなぁ? いきなり規定を変えられて登録抹消されかかったこともあったな」


「放火になど関与しておりません! 規定変更は不正な事業者を一層するための苦肉の策で――」


「黙れ、リチャード」


 ヒルストンの言い訳に、セレスタン王は冷ややかな目を向けていた。


「どちらも工房は存続。誰ひとり追放などさせん。異論はないな?」


 ヒルストンもギルド長も、ただ青い顔で恭順の意を示す。


「異論ならあるぜ、この俺からな」


「なぜだケンドレッド」


「さっきの話、聞いてただろう。俺はそいつらとつるんで、ソフィアや他のやつらにひどいことをしてきたんだぜ? 不正ってやつに噛んだのも一度や二度じゃねえ。俺には追放処分がお似合いだ」


「ならん。お前の技術は我が国に必要だ」


「俺の技なら全部、弟子どもにくれてやったよ。不正の証拠もまとめてある。そこの親衛隊に渡しゃあいいか?」


 鞄から取り出した書類を持って、ケンドレッドは離れていく。


「ケンドレッドさん」


 その背中にソフィアが呼びかける。


「どうした、ソフィア・シュフィール。ざまあみろ、って言えよ」


「もう、言いません。わたしは、あなたに物作りをやめて欲しいとまでは思いません」


 ケンドレッドは柔らかく微笑んだ。


「やめねえよ。お前がそうだったように、な」


「本当ですか?」


「正直なことを言うとな、この国を出てもっと学びたくなったんだよ。なんの後ろ盾もなく、この腕だけでなにが見つけられるか。試してみてえ」


 ケンドレッドはおれのほうに向き直る。


「俺にそう思わせたのはお前だぜ、ショウ。お前と会ってから今日まで、久しぶりに張り合いがあった。どうやらお前が、俺に職人魂ってのを思い出させてくれたらしいぜ」


「それを言うなら、おれの魂はソフィアが取り戻してくれたものだ」


「それならわたしもです。わたしの魂は、父からもらったものです」


「そうか、あいつから……」


 ケンドレッドは、少しばかり瞳が潤んだのを隠すように目をつむり、笑ってみせた。


「へっ、へへへっ。つまり、なんだよ。巡り巡って、俺はまたあいつに会えてたってことかよ……」


 やがて目を開ける。ケンドレッドの顔は、出会ったときとは別人のように晴れやかだった。


 その声と表情だけで、彼とソフィアの父の、不器用な友情と切磋琢磨の日々が目に浮かぶようだった。


「ショウ。ソフィア。すまなかったな。だが……ありがとよ。楽しかったぜ」


 そしてケンドレッドは、親衛隊へ不正の証拠を手渡し、身柄も親衛隊に預けた。


 別室へ連れられていく様子を、おれたちはただ見守る。


「……心配はいらぬ。やつには情状酌量の余地がある。本人が望んだ処分となるよう、余が口添えしよう」


 セレスタン王は優しく告げてくれた。





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