第77話 褒美を取らそう

 セレスタン王はヒルストンたちへの追求は後回しにして、悠然とおれたちの顔を見渡した。


「お前たちの働きは素晴らしいものである。この国を――いや世界を変える産業となるだろう。その功績に報いて褒美を取らそう」


 まず王は、ソフィアの手を取った。


「ソフィア・シュフィール。追放された身でありながら、腕に磨きをかけ我が国に戻ってきてくれたことに感謝する。ギルドへの復帰と、没収されていた生家の工房を返却させよう」


「……ありがとうございます」


 続いて王は、ノエルの前へ。


「魔法使いノエルよ。射出成形インジェクションなる技術の確立は、お前の魔法無くして実現しなかったと聞いている。望みがあれば、なんなりと申してみよ」


「アタシの望みは、おとぎ話の優しい魔法使いさんみたいに困った人を助けること。それだけです」


「ならば我が家名を刻んだエンブレムを授けよう。国賓としての身分を示すだけでなく、同盟国内においても最大限の協力が得られよう。今後、旅することがあれば大いに役に立つ」


「そんな凄い物を……? ありがとうございます!」


 続いてアリシア。


「アリシア・ガルベージ。もはや騎士でなくなっても変わらぬ忠誠心。余は果報者である。ヒルストンに預けたガルベージ家の領地は、すべてお前のもとに戻そう」


「陛下……。ありがとうございます……」


 そして、いよいよおれの前に王は立った。


「冒険者のショウ。みなをよくまとめ、革新的なアイディアを次々に提案し、それらを実現させてきたお前は、此度の最大の功労者だ。望みを申してみよ」


「おれの望みは、物を作ることで人を幸せにすることです。まずは、おれの愛する人たちを幸せにしたい」


「そのために、なにを作る?」


 おれはちらりとソフィアを見やる。彼女と目が合い、小さく笑い合う。


「地位を作りたい。どんなに小さくてもいい。領地をいただきたい」


「貴族に名を連ねたいと申すか。これは願ってもないこと。ショウよ、喜びを持って迎え入れよう。ちょうど、処置に悩んでいた土地がある」


 王は微笑むと、ヒルストンを睨んでから、また柔和な表情をおれに見せた。


「今はヒルストン領と呼ばれる土地の、三分の一ほどを与えよう」


「お、お待ち下さい!」


 いよいよヒルストンが駆けてきて、滑り込むように王の前にひざまずいた。


「いかに陛下のご采配とはいえ、それは認められませぬ!」


「リチャード・ヒルストンよ。今度はどんな言い訳をするのだ?」


 厳格に言い放たれてヒルストンは一瞬怯むが、首を横に振って抗議する。


「我が身可愛さゆえの提言ではございません! アリシア殿は、元々は右腕の怪我により、領地を守る力なしと判断されての所領没収だったはず。ショウ殿も、いかに功績を残そうとも所詮は冒険者。双方とも、領地を守り抜く力があるとは思えませぬ!」


 セレスタン王は顎に手をやり、立派な髭を撫でた。


「ならばリチャードよ。お前が両名の力を決闘にて確かめよ」


「決闘にございますか?」


「ふたりが敗れたならば、お前の言い分が正しかったと認めよう。しかしふたりが勝利したならば、実力はお前以上と判断し、ヒルストン領のすべてをふたりに与える」


 ヒルストンが王には見えぬよう、にやりとほくそ笑んだのをおれは見た。


「決闘ならば、間違いが起こる恐れもございますが……」


「その間違いがお前に降り注ぐかもしれぬことを忘れるな」


「承知いたしました。このリチャード・ヒルストン。すべての力をもって決闘に挑みましょう」


 頷いてから、王はわざとらしく困ったような顔を見せた。


「しかしこれでは褒美に差がありすぎるな。公平ではない。そこでソフィアよ」


「は、はい……」


 急に話を振られて、ソフィアは目を丸くしている。


「職人ギルドの長になる気概はあるか? 余はお前にその地位を贈りたいが」


 ソフィアが答える前に、ギルド長が声を上げる。


「陛下、どういうおつもりか?」


「ギルド長は、この国最高の職人が担うべきだ。それはお前ではないと、余は考えている」


「にわかには納得できぬ話です」


「ならばお前も実力を示せ」


 短く言い放って、王はおれたちへ向き直る。


「その方らは、いかがか?」


 おれに断る理由はない。ソフィアと約束した。


「受けて立ちます」


「私も。素晴らしい機会をお与えくださり感謝いたします」


 アリシアも凛然と答える。


 最後にソフィアは、静かに問う。


「……ギルド長になったら、ギルドのあり方を変えることができるのでしょうか?」


「もちろん、できるだろう」


「つまらない利権から、物を作る幸せを守れる組織に作り直せるでしょうか?」


「お前が望むなら。すべてはお前次第だ」


 ソフィアは深く頷いた。


「やらせてください」


 王は満足そうに頷いた。


「ならば双方とも、急ぎ準備に取り掛かるがいい。決闘の詳細は追って通達する」


 すごすごと立ち去っていくヒルストン一派。


 おれたちのほうは、王がまだその場にいて帰るに帰れない。


「すまぬな、ノエル。お前にももうひとつ褒美を贈りたいが、今は思いつかん」


「あ、いいですいいです。アタシ、ショウが貴族になってくれたら、それが最高のご褒美になるっていうか……えへへへへっ」


 などと雑談して、ヒルストンたちが見えなくなってから、王は目を細めた。


「お前たち、遠慮などいらぬぞ。やつらを徹底的に叩き潰せ」


「陛下?」


 こちらに肩入れしすぎた言い様に、アリシアは驚いている。


「余がやつらの悪行を今日まで知らぬと思っていたか? 此度のように、すべての膿を出せる機会をずっと窺っていたのだよ」


 そう言って、王はおれの肩を叩いた。


「期待しているぞ。お前たちの勝利と、胸が躍るような物作りにな」


 初対面で感じた威厳はどこへやら。


 セレスタン王の笑顔はどこか子供っぽい無邪気なもので、おれはとても好感を覚えたのだった。





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