第66話 番外編⑩-1 無知なる者の覚醒

 大都市リングルベンの、ある縫製工場にジェイクはいた。正確には縫製工場を隠れ蓑とした、地下の麻薬工場だ。


 脱獄囚であるがため、ほとぼりが冷めるまで、地下生活を余儀なくされている。


「おやぁ、旦那ぁ。今日も訓練ですかい。うちの用心棒の仕事まで奪っちゃうつもりですかい?」


 甲高く耳障りな声に、ジェイクは剣の素振りを止めて振り向いた。


 ジェイクを組織に誘った腰の曲がった小男――ゼットが不気味な笑顔で覗き込んできていた。


「用心棒をやるつもりはねえよ。なんか用か?」


「急ぎの仕事が入りましたんで、また【クラフト】をお願いしたいんですよぉ~。いいですかねぇ?」


「片付けたらすぐに行く」


 ゼットは「お願いしますよぉ」ともう一度言って、立ち去っていく。


 ジェイクは剣を片付け、汗に濡れた服を着替えた。


 作業場へ行くまでに、組織の構成員や用心棒と何度もすれ違う。


 レベルの低い連中だ。しかし今のジェイクでは太刀打ちできないだろう。


 腕がなまっているだけが理由ではない。組織はよほど儲かっているのか、用心棒の装備はメイクリエ製なのだ。あれでは相当な実力差があっても、不利にならざるを得ない。


 実力の無い者が分不相応な装備を身に着け、強くなった気でいる。


 まるで以前の自分を見ているようで不快だった。鍛え直しているのは、そのためだ。


「旦那、準備はしておきやしたぜぇ」


 麻薬工場の一画に、ジェイク専用の作業机がある。原材料と完成品を詰める容器は用意してある。


「今日は二十箱か。すぐ済む。出荷の用意をして待ってろ」


 麻薬の精製方法は、ここに来てすぐ教わった。なんなら、目の前で働いている麻薬製造員たちを手本にしてもいい。急ぎでない仕事は彼らがやっている。


 製造現場は、非常に静かだ。誰も喋らない。いや


 製造員は、みんな盲目で、耳が聞こえず、口も利けない。


 残された触覚で、道具や材料の位置を覚え、手順通りに作業していく。指示は組織の構成員が、彼らの手や肩に触れて出している。


 麻薬製造は犯罪ではあるものの、怪我や障害のために一般社会では必要とされない者に仕事を与え、生きる道を授けている様子に、ジェイクは一定の評価をしていた。


 誰からも必要とされないのは、なによりもつらい。境遇は違えど、ジェイクは製造員たちに深い共感を抱いている。


「離してよぉ、うぁああん!」


 作業も半ばの頃。少女の泣き声が聞こえた。


 組織の構成員に抱えられた少女が、そこから逃れようともがいている。


「なんだ、どうした?」


 近くにいたゼットに声をかける。


「ああ、騒がしくしてすいません。新しい製造員なんですがね、ちょいと手間取ってるみたいでして。おい、うるさいぞ、さっさとしろ!」


 ゼットが構成員に怒鳴る。


 構成員の注意がゼットに向いた瞬間、少女は拘束から抜けて走り出した。しかし周りがよく見えていないらしく、すぐべつの構成員に捕まってしまう。


「あの子は、喋れるぞ。目も悪そうだが、見えてる」


「ええ、だからするんですよ。なんかあってあたしらがここを捨てても、済みなら、ここで見たこと、聞いたこと、誰にも伝えられませんからねえ」


 ジェイクの心臓が、嫌な跳ね方をした。悪寒が走る。


「……お前たちは、障害を抱えた不幸な連中に仕事を与えてたんじゃないのか?」


「一部はそうですがね、まさか全員がそんなわけないじゃないですかぁ! ちょっと考えがお上品過ぎますよ」


「ふざけるなッ!」


 ジェイクは衝動的にゼットを殴りつけていた。


 そして少女を抱える構成員の顔面にも拳を叩き込み、少女を奪い取る。


「えっ、え? おじさん、だれ?」


「俺はただのクソ野郎だ。後ろにいろ。助けてやる」


「く、くそ、旦那! 裏切る気ですかい、旦那ぁ!」


 騒ぎを聞きつけ、重装備の用心棒たちが駆け付けてくる。


 ジェイクは咄嗟に、石壁を材料に剣を【クラフト】する。


 麻薬製造員たちには騒ぎが聞こえず、いつもと変わらず作業を続けている。


「すぐには殺すな! おい、お前、アレを持って来い」


 ゼットが喚いて指示を出す。その詳細を判断する余裕はジェイクにはない。


 襲いかかってくる用心棒の剣を、石の剣で受け流す。すぐさま切り返すが、高性能な防具に阻まれ、ダメージにならない。


 実力の上回るジェイクだが、装備の差はいかんともしがたい。数回の打ち合いで、石の剣は砕けてしまう。


 用心棒たちが三方からジェイクに迫る。少女を庇いながら、ゆっくりと後退する。


 構成員が持ってきた品物を受け取ったゼットが、用心棒の後ろで笑う。


技盗みの短剣スキルドレイン』だ。刺した相手の技能スキルを奪う魔法道具マジックアイテム


「バカですねえ、旦那ぁ! ガラクタしか作れないあんたじゃ、どうしようもできないってのに! その【クラフト】をもらったら、あんたもしてあげますよ!」


 ジェイクは視線を巡らし、突破口を探す。隙はない。手段が思い付かない。


 きっとシオンなら、いい策を思い付くだろう。突破のきっかけになる道具を作り出すだろう。


 だがジェイクはシオンではない。ゼットの言う通り、ガラクタしか作れない。


 ……いや?


 


 どうぶっ壊せば、ガラクタにできるかならわかる。


 いよいよ襲いかかってきた用心棒の剣に、ジェイクは【クラフト】を発動させた。


 剣はジェイクに届かず、折れて使い物にならなくなる。


「な!? なんだ!? なにをした!?」


 ジェイクは自嘲気味に笑った。


「確かに俺はろくなもん作れねぇけどよぉ、てめえらの装備で、ガラクタの山なら作れんだよ」





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