第65話 貴族の領地まるごと買えてしまうぞ

「最後に確認しますが、納期はできるだけ早く。数はまずは各種百個ずつ。それで間違いなかったですね?」


「ええ、そうです。よろしくお願いしますぞ。いやしかし長居してしまいました」


 その日、新技術推進協会に派遣されて卸業者が訪れていた。


 おれとアリシアで対応し、最初に発注量と期日を聞いてからは、新技術についてと最近の業界の世間話をしていた。


 卸業者が訪れてから二時間強が過ぎて、いよいよ帰ろうと席を立つ。おれたちは玄関先にまで送っていく。


「お待たせしました~♪」


 そこにはノエルとソフィアが待っていた。たくさんのレンズを詰め込んだ梱包箱が積んである。


 最初に発注量を聞いた時点で、ばあやに連絡を頼んでおいたのだ。世間話をしている間に、生産を完了させて持ってきたくれたわけだ。


「こちらが発注分になります。ご査収ください」


 ソフィアの言葉に、卸業者は積み上げられた箱を二度見した。


「これは……先ほど私が発注した品なのですか?」


「はい、そうです」


「在庫があった、ということですか?」


「いいえ、滞在されている間に生産しました」


「そんなバカな……!」


 実は半分ほどは在庫だが、ここはあえてのハッタリだ。


「疑うなら、触ってみるといい。作りたてのものは、ほんのり温かい」


 アリシアの言に、卸業者は箱の中身を確認していく。実際に触れてみたり、数を確認したり、光に当ててみたり。


 やがて数も品物も、発注どおりだったと納得する。


「凄い……いや、話には聞いておりましたが、この速さを実際に目の当たりにすると、もはやこれまでの常識が壊れてしまいますな」


「光栄です」


「ヒルストン卿からは最低限の量で良いと言われておりましたが、これは間違いなく商機。逃すわけにはいきません。ひとまずこちらの品物は持ち帰りますが、追加としてこの十倍をお願いします。納期は――」


「一週間ほどでお届けしますよ」


「素晴らしい! 今後も懇意にさせていただきますよ!」


 卸業者は満面の笑顔で帰っていった。


 おれたちの宣伝用のパフォーマンスは、効果てきめんだった。


 この卸業者は各地で噂を広げてくれた。さらにレンズの質の良さ、発注から納品までの速さ、値段の安さが瞬く間に評判を広げた。


 そして数週間後。


「あわわわ……なんてことだ、なんてことだ」


 アリシアは両手で握りしめた紙片を見つめ、あからさまにうろたえていた。


「どうしたの、アリシア?」


 ノエルが尋ねると、アリシアは黙って紙片を見せる。


「……!? はわわわ……っ!」


 ノエルも一緒になってガクガクと震え始める。


 続いて、首を傾げるソフィアに紙片が渡される。見た瞬間、ソフィアはまばたきを三回して、そのまま静止した。


「凄い、数字です……」


「どれどれ? うわ、あ……!」


 おれも絶句した。


 そこにはおれたちの工房の預金額が記されていた。今日までのレンズの売上金が加えられ、とんでもない額になっていたのである。


「こんな額は、領地が広かったときでさえ見たことがない。小さいものなら、貴族の領地まるごと買えてしまうぞ」


 この数週間、評判を聞いた各地の業者がこぞって発注してきたのだ。


 レンズの卸価格は、販売価格が従来品の十分の一程度になるよう設定している。本当はもっと安くできるのだが、あまり安くしすぎると注文数がこちらの許容量をオーバーしてしまう。そこであえて価格を高くして、需要を調整したのである。


 一般的な労働者の年収と同程度の価格だったものが、月収とちょっとの価格になったのだ。庶民でも分割払いならすぐ手に入れられる。


 そこで計算だ。


 一分に一度の生産で八種類のレンズが生産できるということは、理論上、丸一日生産すれば合計で一万一千五百二十ものレンズを売りに出せる。


 つまり一万人以上の労働者の月収を、たった一日で稼げてしまう。


 あくまで理論値で、経費や税金も引かれるが、莫大な数字には違いない。


「おお落ち着くんだ。計算上、それくらいにはなる。事前にわわわ、わかってたことだよ」


「それはそうだけど、本当にこんな額が、額が! どうしよう、どうしよう。ばあやぁ~!」


 アリシアの口調が崩れて、母親に助けを求める子供のようにばあやを呼びつける。


「どうしたのですか、騒々しい」


「ばあや、事業の儲けがとんでもないことになっちゃったよぉ。どうしよおぉ」


「アリシア様、はしたないですよ。いついかなる時も冷静に、当主らしい態度を崩してはなりません。なんですか、この程度の――う~ん」


 アリシアを諭している最中、額面を覗き込んだばあやは、卒倒してしまった。


「ばあやー!!」


 大騒ぎしながらばあやを介抱していくうちに、おれたちはなんとか冷静さを取り戻す。


 そして改めて話し合った結果、とりあえずみんなに賞与を配って、他の大部分の使い道はあとでじっくり考えることにしたのだった。





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