第64話 大変褒めていただきました

「今回の立役者はボロミアくんだね。品物をすごい速さで運んでくれた上に、バネッサやオクトバーさんまで連れてきてくれるなんて」


 各種レンズの初期発注分の生産が完了した際、ボロミアは冒険者ギルドやサーナイム海運会社への輸送まで引き受けてくれたのだ。


 そして戻ってくるついでに、とバネッサたちも連れてきてくれた。結果として各地からの評価が、今日という日に間に合った。


「どうせ通り道だったからね。それに、これはノエルが教えてくれたことさ」


「愛のために働くことは尊いってことかい?」


「いや、人助けの尊ささ。僕はショウ、お前のことが色々と気に入らないが、それでも喜ぶ顔を見るのは気分が良い」


「ありがとう」


 おれが握手を求めると、ボロミアは素直に応じてくれた。今度は握り潰そうとはしない。


 それからボロミアはノエルに向かう。


「ずっとここで君を口説き続けたいところだけど、仕事があってね。もう行かなきゃならない」


「意外ね。追加発注分くらいすぐなんだから、もう少しいてもいいのに。そんなに急ぎの仕事?」


「急ぎかというと少し違うな。僕が、早くやりたいのさ。実は学院で冒険者向けに短期錬成コースを開いたんだ。僕はそこの講師をやる」


「どうして急に、そんな気になったの?」


「君の影響だよ。おとぎ話に出てくる優しい魔法使いさんは、何人いたっていい」


 そう残してボロミアは、バネッサやオクトバーと一緒に先に帰っていった。


 バネッサやオクトバーも忙しい仕事の合間を縫って来てくれていたのだ。


 おれたちはその別れを惜しみつつ見送ってから、打ち上げのために適当な酒場に入った。


「よーし、今日はたくさん食べちゃうわよー!」


「なん、だと……。いつもはたくさんではないのか……?」


 ノエルの注文量に戦慄するアリシアであるが、おれやソフィアは客の中に知っている者を見つけて、視線がそちらに向く。


 カウンター席でひとりで飲んでいたその男も気づき、目が合う。


「ちっ、嫌なやつらが来ちまった」


 男はグラスの中身を飲み干すと、代金を置いてさっさと出ようとする。


 おれとソフィアは席を立ち、その男に声をかける。


「ケンドレッドさん」


「んだよ、お前ぇも性格が悪ぃな。わざわざ嘲笑いに来やがったのかよ」


「なんのことです。嘲笑うことなんてなにもない」


「大口を叩いたくせに、三ヶ月じゃ出来なかったと言ってもか?」


「それは……」


 どおりで審査日だというのに、事業所にペトロア工房の人間が来ていなかったわけだ。


「俺が最初からやってりゃぁ……いや、途中からでも参加してりゃあ間に合ってたってのによぉ……」


「あなたはお弟子さんたちを手伝わなかった、と?」


「当たり前ぇだろ。仕事を奪ったら育たねえだろうが。色々と口うるさく言って少しはマシになったが、それじゃあ間に合わなかった。てめえらは間に合わせたんだろ? へっ、嘲笑えってんだよ」


「……おれは、ソフィアの追放に一枚噛んでるあなたが嫌いだ。でも嘲笑いはしない。むしろ敬意を表しますよ、ケンドレッドさん」


「あぁ? なんだそりゃ」


「この前は煽ってしまって悪かったが、あなたの言う通り、もともと出来なくて当然なんだ。ヒルストンがおれたちを潰すつもりで作った期日なんだから。おれたちは計画を変えて対応しただけで、普通なら間に合わない」


「うちの工房を普通とは、やっぱり舐めてやがるのか」


「舐めてはいない。おれたちは最初から無理だと考えて計画を変えたけれど、あなたは、もともとの計画を短くしようと挑戦し、尽力した。それも弟子たちの将来を考えて、自分が手を出す以外の方法で……。あなたは挑戦者だ」


「はい。わたしたちは、決して挑戦者を嘲笑ったりはしません」


「ふんっ、お優しいこって……」


 ケンドレッドは嘆息して出口のほうへ一歩進むが、気になるらしく、またこちらへ向き直った。


「お前ら、なにを作った?」


「これですよ」


 おれはサンプル品を手渡す。


「ほう、レンズか」


 ケンドレッドは興味深げに、じっくりと検分する。


「その品質の物を、ひとつ作るのに一分もかからない技術です」


「どうやったんだ、こいつは」


「ああ、それは金型で――」


「それは見りゃわかる。新技術だってんだろ、そこはいい。俺が知りてえのは、このピカピカの表面をどうやったのかってことだ」


 レンズをおれに返し、その表面を指でなぞる。


「見事な鏡面磨きだ。凄腕だな。やったのはショウ、お前か」


 おれはソフィアに目を向ける。ソフィアは頷いて、一歩前に出る。


「わたしが、やりました」


「そうか。お前かよ、追放女……。いや、ソフィア・シュフィール」


「……はい」


「大した腕だが、調子に乗るなよ。おいショウ、てめえら次はなにを作る?」


「盾を作るつもりですよ」


「へっ、そりゃいい。うちの弟子どもがやってんのも盾だ。覚悟しやがれ、次こそてめえら叩き潰してやるからな」


「べつに勝負してるつもりはないのだけど」


「うるせえ! てめえら気に入らねえんだよ! 舐められっぱなしでいられるか!」


 大声で喚いてから、ケンドレッドは最初の陰気さはどこへやら、元気にどすどす足音を立てて酒場から出ていった。


 おれたちも席に戻ると、さっそくノエルが眉を吊り上げて尋ねてくる。


「あの人、この前の失礼な人よね? またなにか言われたの?」


「行き過ぎているようなら、私が成敗してもいいが」


 アリシアもノエルに同調するが、ソフィアは涼しい顔で答える。


「凄腕だと、大変褒めていただきました」


 それからにんまりと、悪戯っぽく微笑む。


「ざまあみろ、です」





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