第63話 目に物見せてあげました

「これが貴方がたの成果物だと? 眼鏡や望遠鏡が?」


 三ヶ月の期日となった今日、おれたちはランサスの街の、新技術推進協会の事業所にいた。


 監査官であるヒルストンに、成果物を審査してもらうためだ。


「正確には、それらのレンズですよ。提出した資料にも、そう書いてあります」


「そうでしたかな。いやはや、忙しいものでしてね。確認漏れがあったかもしれませんな」


 それは監査官として怠慢でしかないのだが、指摘してもしょうがない。


「それで? このレンズになんの価値があると? 従来品となにも変わらないように見えますな。新技術と言い張るには、少々お粗末ではないですかな」


 ノエルは不快感を顔に出す。アリシアも我慢しているが、目つきが鋭くなりつつある。ソフィアは圧のある無表情で、ヒルストンをただ睨み続けている。


 この場で一番冷静でいられそうなおれが、ヒルストンとの話を続ける。


「さすがはヒルストン卿。監査官なだけあって、いい目利きだ。一流のレンズ職人らの作る物と変わらないとは、これ以上ない褒め言葉だ」


「同じでは意味がないと言っているのが、わかりませんでしたかな」


 嘲笑うような声色だが、おれは冷静さを維持する。


「もちろん同じではない。従来と同品質のこのレンズは、ひとつ作るのに一分もかからない」


「……なんですと?」


「しかも新素材で作っているから、強度も高く傷にも強い。ガラスのように簡単には割れたりしない。それがおれたちの新技術です」


「はっ、ははは! 貴方は極端な男のようですな。お粗末だと言われたら、途端にそのようなハッタリを。いや、冗談としてはなかなか面白いですが」


「冗談ではない。提出した資料をきちんと読んでいただきたい」


 おれの声を聞いて、ヒルストンは手元にあった、綺麗なままの資料をやっと開いた。


 ざっと読んでいく間、おれたちは全員でヒルストンへ無言の圧力を加える。


 やがてヒルストンは咳払いしつつ顔を上げた。


「……なるほど。詳細はのちほど時間をかけて確認しますが、本当のようですな。しかし、惜しいですな。肝心なところが抜けておりますよ。メイクリエ王国が輸出するのに相応しい品ですかな、これが?」


「レンズでは不服ですか?」


「ええ、我が国は鍛冶王国です。武器や防具ならまだしも、レンズとは……。我が国のイメージにそぐいません」


「新技術は武具にも応用が利く。非常に高価だった物を、圧倒的に安く供給できるということです。今の下落したメイクリエ製品の需要が、爆発的に上昇すると思いますが」


「武具ならそうなるでしょうな。しかし今回提出されたのはレンズです。仮に輸出したとして、どんな評判が返ってくるやら……。賭けに出るわけにはいきませんからな。誠に惜しいですが、この審査は不合格。貴方がたは残念ながら、登録は抹消と――」


「それは実際に評判を聞いてからにしてもらえませんか?」


 口上を遮って言うと、ヒルストンは「は?」と目を丸くした。


「さあ、どうぞ入室してください! みなさんの評価を聞きたいそうですよ!」


 すると部屋の外で待機してもらっていた三人が、続々と入室してくる。


 ボロミア、オクトバー、それにバネッサ。


 まずサーナイム海運会社のオクトバーが口火を切る。


「あの望遠鏡は、さすがはメイクリエ製ですな! 素晴らしい出来栄えでしたぞ! しかも圧倒的に安い! 品質だけに留まらないとは、この国の技術力には恐れ入りますぞ」


 続いて、ノエルにウィンクしてからボロミアが続く。


「ロハンドール帝国魔法学院でも大好評だった! あんな質の良い眼鏡が、あれほど安く買えるなら、学院だけじゃなく帝国軍や……いや国全体でも間違いなく凄まじい需要を生むぞ」


 それに対し、冒険者ギルド職員のバネッサは首を横に振る。


「いいえ、これだけの物よ。冒険者があっという間に世界中に噂を広めるわ。メイクリエの技術力は改めて世界に知られて、需要もとんでもないことになるでしょうね」


 絶賛の嵐に、ヒルストンはたじたじだった。


「なんなのだ、貴方がたは……」


 三人がそれぞれ名前と立場を告げると、ヒルストンは苦渋の顔で押し黙ってしまう。


 対し、ソフィアが首を傾げる。


「それで、審査はどうなるのでしょうか?」


「これでまさか不合格はないわよねぇ?」


 ノエルもヒルストンに問いかける。ボロミアが反応する。


「不合格は困る! すぐにでも追加発注しておきたいんだ。正式に、メイクリエ王国のお墨付きを得た上で、ね」


 オクトバーやバネッサも、その言葉に賛同する。


 アリシアは身を乗り出し、ヒルストンを睨みつける。


「ヒルストン卿。ハッキリしていただきたい。貴方の独断で不合格とし、この好機を逃すか、それとも……?」


「……合格だ」


 ヒルストンはよほど悔しいのか、顔を赤くしながら呟いた。表面的には平静を装おうとしているようだったが。


「いや、すでに評判を得ていたとは人が悪い。懸念事項がクリアされているなら、不合格にする理由はありません。素晴らしい品物でしたからな」


「それでは協会の規定通り、販路の確保を改めてお願いします」


「もちろんですとも。いや、やはり私が見込んだ通り、三ヶ月で見事新技術を確立させましたな。はっはっはっは……では手続きがありますので、これにて失礼」


 ヒルストンは、力のない高笑いで退室していった。


 実質的な敗北宣言と逃亡である。


 おれたちの表情には自然と笑みが宿る。


「よし……! やったね、みんな!」


「はい、目に物見せてあげました」


 部屋に残されたおれたちは、全員で審査合格を喜び合うのだった。





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