第67話 番外編⑩-2 無知なる者と無垢の少女

 装備を無力化した用心棒など、ジェイクの相手にならなかった。


 その場にいた敵をすべて殴り倒し、増援が来る前に麻薬工場を脱出した。


 工場から充分に離れた目立たない路地裏で、助けた少女と向かい合う。


「ありがとう、おじさん!」


「ああ。お前、衛兵の屯所の場所はわかるか?」


「わかんない」


「ここからなら――」


 ジェイクは説明しようとするが、少女は首を振る。


「道を言われても、わかんない。わたし、よく見えないから」


「……そうだったな。どのくらい見えないんだ?」


「なんかね、全部ぼやけて見えるの。ちっちゃい頃はもっとはっきり見えてたのに」


 どうやら極度の近眼らしい。


「なら衛兵が通りがかったら教えるから、そいつにさっきのことを全部話すんだ」


「そしたらどうなるの?」


「悪いやつらはみんな捕まって、お前は家に帰れる」


「わたし、家なんかないよ」


「……とにかく、悪いやつらに襲われる心配はなくなる」


「なんでおじさんが連れて行ってくれないの?」


「俺も悪いやつだから、衛兵に見つかったらまずいんだよ」


「ええ、嘘だぁ。おじさん、わたしのこと助けてくれたよ。絶対いい人だよ!」


「あの状況なら、大抵のやつは助けるだろ。いい人とは限らねえよ」


「でも、わたしを助けてくれたのは、おじさんだけだよ。わたしが会った中で、おじさんが一番いい人だったよ!」


 家もなく、極度に目が悪いこの少女が、これまでどんな境遇にあってきたのか、ジェイクは容易に想像できてしまった。ずっと誰かに邪険にされ続けてきたのだろう。その挙げ句に、麻薬組織に売られたのだ。


「衛兵のところへ行けば、もっといい人に保護してもらえるだろうよ」


「前のパパもおんなじこと言ってた」


「そう、か……」


 ジェイクは掛ける言葉が見つからなくなる。


 困っていると、そこに足音が近づいてくる。巡回中の衛兵だった。


「こんなところでなにを――ん? お前、どこかで……」


 すぐ顔を背けるがもう遅い。衛兵が脱獄囚ジェイクの顔を思い出すのは時間の問題だ。


 どう切り抜ける? いや、いっそ牢獄でまた死を待つのもいいかもしれない。


 そう考えていると――。


「衛兵さんなの? よかった、パパ、教えてあげなきゃ!」


 少女にパパと言われ、ジェイクは呆気にとられてしまう。


 衛兵は小さく首を傾げる。


「なにかあったのかい、お嬢ちゃん?」


「うん、あのね、パパが悪い人たちをやっつけてきたの!」


「悪い人たち? その前に、君のパパ、私が知ってる悪い人に顔が似ているんだ。名前を教えてくれないかな?」


 どきりとするが、ジェイクは下手に身動きが取れない。


「名前? パパの、名前……。えーっと、ね……バーンっていうんだよ!」


「バーン? ジェイクではなくて?」


「ジェイク? だぁれ、それ?」


「そっか。似てると思ったんだけどな……よく見ると、聞いてた体型とも少し違うか」


 衛兵はジェイクのほうへ向き直る。


「失礼。詳しい事情をお聞かせください」


 ジェイクは、麻薬組織に攫われた娘を助け出してきたばかり、という設定で話をした。


 麻薬工場の位置や、製造員たちはされた被害者であり保護が必要であることも含め、詳しく話す。


 しかし、親子設定のため、少女を保護して欲しいとは言えない。


 衛兵はまだ話を聞きたそうにしていたが、少女がしびれを切らしたように足踏みをする。


「あのね衛兵さん、わたしたちこれからママに会いに行くの。でも馬車に遅れたら、またお仕事でどこか行っちゃうの。だからもうお話は終わりにして」


「ああ、これは申し訳ない。バーンさん、街外れの乗り場ならまだ馬車があったはずです。お急ぎなら、そちらへご案内しますよ」


「いや、それには及ばない。麻薬工場の件だけ、よろしく頼む」


 最後に連絡先を聞いてくる衛兵に、でたらめな情報を伝えると、ジェイクは少女の手を引いて足早にその場を離れた。ひとまず馬車乗り場の方向へ。


 充分に離れてから、少女の手を離す。


「なんだよ、バーンって」


「だって、おじさん、わたしの前にバーンって出てきて助けてくれたから」


「勝手にパパにしやがって。お前を預けられなくなっちまった」


「だっておじさん困ってたでしょ。ああでも言わなきゃ、捕まってたよ」


「俺は構わねえんだよ」


「わたしが構うもん。おじさんがいなくなったら、誰を頼ればいいの?」


 この少女は、どういうわけか自分を必要としている。


 それに気づいて、ジェイクは思わず足を止めた。


 ジェイクもまた、自分を必要としてくれる誰かを求めていたから。


 しかし少女は立ち止まらず、べつの通行人を追いかけて行ってしまう。


「ねえ、おじさん。これからどこ行くの?」


 あまつさえジェイクと勘違いして話しかけてしまっている。


 慌ててジェイクは通行人に謝り、再び少女の手を取った。


「お前は危なっかしいな」


「ごめんなさい。でも、えへへっ、すぐ来てくれたね」


「とりあえず、ついてこい。お前にはアレが必要だ」


 ジェイクが少女を連れて行ったのは、眼鏡屋だった。


 本来なら高価過ぎて手など出せないが、最近、新技術が開発されたとかで庶民にも買える価格になったのだ。


「わあ! 凄いよ、なんでもよく見える! おじさん、ありがとう!」


 少女の喜びはしゃぐ様子に、ジェイクもなぜだか胸があたたかくなる。


 誰かになにかをしてやることで、自分も嬉しくなれるなんて初めて知った。


「ん~、あれぇ? よく見ると、おじさんじゃなくてお兄さん?」


「どっちでもいい。それよりお前、名前は?」


「レジーナだよ」


「年は?」


「たぶん十二」


「そうか。レジーナ、お前、行きたい場所はあるか?」


「海が見たい!」


 ジェイクは久しぶりに――もしかしたら初めて、優しい気持ちで微笑んだ。


「……いいぜ。連れてってやるよ」





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