第53話 こうすれば一度にたくさん作れると思うのです
おれとソフィアが帰ってきた時点で、ノエルとアリシアは次の仕事の準備は万端という様子で出迎えてくれた。
もう夕方だったが、早速四人で書斎のテーブルを囲む。
「その様子だと、ばあやさんの説得は上手くいったみたいだね?」
「ああ、ノエルのお陰でな」
「アリシアの真心が伝わっただけだって~」
「こちらは取引先への連絡と、レンズに使う新素材の選定が終わりました。それに、この前みなさんにお話ししたアイディアについても、まとめておきました」
「ではそのアイディアを先に聞かせてくれないか。新素材は後回しでいい」
アリシアの要望に頷いて、ソフィアは黒板の前に立つ。
「はい。まず前提として私たちの金型は従来の物と違って複雑で、手間も時間もかかります。レンズは複数種必要ですが、金型を複数作るだけの時間も労力もありません」
ソフィアは黒板に簡単な図を描いていく。
「そこで金型の基礎部分をひとつだけ作り、製品部分は付け替えてしまえる構造にしようと思います」
「なるほど。金型はひとつしかなくても、部品を付け替えれば、別の製品が作れるようになるわけだね。さすがソフィア、いいアイディアだ」
ソフィアはほんのり笑顔になる。
「照れます……」
一旦和んだところで、ソフィアは話を再開する。
「それと眼鏡には左右のレンズが必要ですが、これは左右とも同じ円形のレンズを使うことにすれば、左右で違う形を作る労力も減らすことができます」
「うん。眼鏡におしゃれを期待してる人なんていないし、それでいいと思う」
ノエルが頷くのを確認して、ソフィアは続ける。
「はい。その上で、こうすれば一度にたくさん作れると思うのです」
再び黒板に向かい、図を描く。
○印が、円を描くように等間隔で八個。それぞれ、円の中心と一本のラインで結ばれる。
「この○印はレンズです。このように配置すれば、八個も一度に生産できます。この八個それぞれの屈折率を変えておけば、八種類のレンズを一度に生産できることになります」
「ますますいいよ、ソフィア!
「もう……ショウさんは、褒めすぎです……」
そこでアリシアが質問の手を挙げる。
「レンズは八種類で充分なのだろうか? 視力には個人差があるのだし、もっと多く必要ではないかと思えるのだが」
「うん、老眼用に八種、近眼用に八種で充分だと思う。望遠鏡には、二種類かな」
「眼鏡屋さんを見てきたところ、意外とレンズの種類は少なかったのです」
「そう。眼鏡職人たちは、まず客の視力を検査するんだ。その視力がどの程度か大まかにランク分けして、そのランク用のレンズで眼鏡を作るらしい。だからランクの数だけレンズの種類があれば充分なんだってさ」
そもそも人の視力は、常に一定ではない。日によって、あるいは時間帯によって微妙に変わるのだ。どんなに時間とお金をかけて高精度に作ったとしても、常に完璧な視力矯正ができるわけではない。
もっとも、種類を絞り込んでいても、労力と時間の関係で、非常に高価となっているのが現状だ。
だが
仮に一度の生産が一分間だとすれば、丸一日で一万個以上も生産できる計算になる。尋常ではない数字だ。
「いずれおれたちの
「なるほど、納得した。私からはなにも言えることはない。是非ともそのやり方でやってみて欲しい」
アリシアが答えて、ノエルもうんうんと頷く。
「アタシも異議な~し! あっ、でもでも、ちょ~っと気になるなぁ」
ソフィアは首を傾げる。
「なにが気になるのでしょう?」
「それはもう、ふたりきりで行ってきたんだしぃ~」
にやにやしながら立ち上がり、続きの言葉をソフィアに耳打ちする。
それを受けて、ソフィアは一度おれを見た。甘えるような微笑みを浮かべる。
「はい。照れますが……わたしとショウさんは恋人同士となりました」
「おおー!」
ノエルとアリシアが声を上げて拍手してくれる。
嬉しいけれど、すっごい照れる。
「でも遅いー! ふたりなら、とっくにそうなってても良かったのにさー! ショウってば女の子の気持ちがわからなすぎー!」
「まったくだ。ショウの鈍感ぶりをどうやって攻略したんだ? 参考までに是非聞かせて欲しい」
「はい。それはもう、こういうことに関してはショウさんは本当におバカさんなので、勘違いのしようもないように、行動で示しました」
あれ? なんか、みんなに貶されてる?
いやまあ、これに関しては本当に指摘のとおりだし、自分の的外れな言動を思い出すと顔から火が出そうなくらい恥ずかしいのだけど。
「と、とりあえず、この話はまたあとにしないか。まだ仕事の話が残ってるんだし」
「ショウってば、恥ずかしいからって逃げようとしてる~!」
「ショウ、仕事は大切だが一旦休憩にしようじゃないか。お茶とお菓子を用意する。もう少しこの話を続けよう。興味があるんだ!」
あ、これはダメだ。アリシアまで盛り上がっちゃったら止められる人がいない。
おれはため息をついて観念する。
でもまあ、この先、本当に忙しくなるんだし、これくらいはいいか……。
夕方の時間は、騒がしく過ぎていった。
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