第52話 いなくなるほうが負担なんだよ?

 ――ショウとソフィアがランサスの街へ向かったあと。


 アリシアは仲間たちの言葉に後押しされ、ばあやと再び向かい合っていた。


「ばあや、隠居の件はやっぱり考え直してもらいたいんだ」


「アリシア様、その話はもう終わったことです。立派なお仲間もいらっしゃるのに、このように目の衰えた者など、役立たずどころか、邪魔になるだけです」


「それなんだ。目が衰えてるのが、いいんだ。私たちの仕事を手伝って欲しい」


「私めには、なにを仰っているのかわかりませんよ」


「私たちが作る、新しい製品だ。眼鏡のレンズに決まったんだ。ばあやには試作品を使って、効果のほどを伝えて欲しい」


「それは私めなぞのために、本来の企画を曲げたものではありませんか?」


 あながち違うとも言い切れず、アリシアは言い淀んでしまう。


「いけませんよ、アリシア様。お国のための事業に私情を差し挟んではなりません。ましてや、こんな穀潰しのためにご負担をかけるなど……」


「ばあやは、穀潰しなんかじゃない!」


 アリシアはつい、強く言ってしまう。


「そうだよ、本当はばあやのためだ。でもそれがなにが悪い? 私が、私の育ての母を想って、なにが悪いんだ。その結果、沢山の人のためにもなるのに、なにが問題なんだ」


 次に口をつぐんだのは、ばあやのほうだった。


「私にとっては、ばあやがいなくなるほうが負担なんだよ? ずっと私のそばにいてよ。私を、手伝ってよ」


 無意識に素が出てしまう。ガルベージ家当主として口調が、保てない。


 ばあやは、それを咎めはしなかった。どう答えるべきか迷っている様子だった。


「ばあやさん、アタシからもお願いしていい?」


 そこにノエルの声が届く。アリシアの背後、隣の部屋からやってくる。


「立ち聞きしててごめんなさい。でも、これはアタシにとっても大切なことなの」


「ノエル様も事業をご一緒しているなら、そうでしょうとも」


「うぅん、そうだけど……。アタシにとって、これはやり遂げられなかった仕事のリベンジでもあるの」


 アリシアはノエルに目を向ける。


「やり遂げられなかった仕事?」


「学院時代の頃よ。目が悪くても、学生に眼鏡なんか買えるわけないでしょ? 勉強するのにいつも苦労してて……。アタシ、魔法の力でなんとかしてあげたかったんだけどね、これだけは頑張っても上手く行かなくて……」


 ノエルはばあやに正面から近づいた。


「ねえ、ばあやさん。アタシは学院時代、手助けできなかったけど、今はみんなの力でそれができるの。みんなっていうのは、ばあやさんも含めてだからね。目の悪い人がいないと色々試せないから、本当にいてくれないと困っちゃう」


「それに……」とノエルは身を横に引き、ばあやにアリシアを見るよう促す。


「ばあやさん、アリシアの顔も、よく見えてないんじゃない?」


「アリシア様のお顔なら、目が悪くとも心で見えておりますよ」


「そうだろうけど、ちゃんと目で見えたほうがいいと思う。そしたらきっと、アリシアの気持ちも、もっとよくわかると思うから」


 それからノエルはなにか小さく呪文を唱え始める。


 やがて魔力が空気中の水蒸気を集めて空中に水の玉を作り出す。ノエルは器用に魔力を制御して、水の塊をレンズの形に整える。


 眼鏡のレンズのように小さくはない。手のひらサイズだ。それをばあやの眼前に持っていく。


 ばあやは、目を見張ったようだった。


「アリシア様……お父上の眼差しに、似てまいられましたね」


「ばあや……」


「ふはーっ、もう無理~!」


 水の塊は霧散して、周囲に溶けて消えていく。


「アタシの魔法じゃこれで限界。長く維持できないし、度も合わせきれてないし、大きすぎるし。だから、物で作りたいの。協力して欲しいな~? ねー、アリシア? ねー?」


 ノエルがにこにこしながら左右に揺れる。その仕草に微笑みを返し、アリシアはばあやにもう一度、懇願の眼差しを向ける。


「ばあや、お願い……」


 ばあやは微笑みとともに小さな息をついた。


「仕方ありません。そのお仕事が終わるまで、隠居の件は保留にいたします」


「ああ、良かった」


「あくまで保留です。甘えてはいけませんよ、アリシア様。もう大人なのですから、私などがいなくてもやっていけなければいけません」


「やっていけることと、一緒にいたい気持ちは、矛盾しないだろう? その保留も、いずれ撤回して欲しいな、私は」


 ばあやは、また小さくため息をついてから「では仕事がありますので」と立ち去っていく。


「ありがとう、ノエル」


「うん。これからお仕事、頑張りましょうね♪」


 幸せを守る魔法使いは、笑顔とVサインで応えてくれた。





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