速記

 授業中に黒板の内容をノートに写す。私はとても速く写せると自負している。なぜなら、私は速記ができるからだ。

 先生が書き終わると同時くらいに、ノートに写し終わる。周りのクラスメートが一生懸命写している時に、私だけ姿勢正しく黒板を向いていられるのは、少し誇らしい気分になる。


 書き終わってしまって手持無沙汰なので、先生がしゃべることさえも、ノートに書き留めていく。速記というのはとても便利だ。


 授業が終わると、友達が寄ってきた。



「早見さーん。ちょっとノーと見せて欲しいよー。今日の授業は全然ノート取れなかったよー。先生書くの早くない?」

「ノート見せてあげる。私は、ちゃんと全部写せたよ!」


 胸を張ってノートを見せるが、ノートを見た友達は不思議そうに首をひねっていた。


「えっと、なんて書いてあるの……? 独特の字体で、読めない……」

「ふふ、これ速記で書いているんだよ」


 友達に読んで教えてあげる。ついでに、先生が言っていたこともメモしてあるので、それも読み上げて授業の再演をして見せた。

 わからなかったところが分かったようで、友達は満足そうに笑った。



「ありがとう、早見。助かったよ! 速記っていっぱい書けて良いね。ここら辺ってもしかして先生が言ったこと書いているの?」

「そうそう、そう言うところも一緒にメモできるから、わからなかったら私に聞いても良いよ!」


 先生が言ってることって面白くて、ついついメモしてしまう。そして、そこからインスピレーションが膨らんでくると、小説ネタなんかも一緒にメモをしている。

 普通だったら見られたら恥ずかしい内容だけれども、速記だと誰も読めないから安心していっぱい書けるのだ。


 私がノートを広げたままにしていると、通りがかりの男子の千早くんが話しかけてきた。


「それ、面白いじゃん!」


 千早くんも速記が暗号みたいだから、そう言ってきたんだと思う。私も得意気に返事をする。


「これ、良いでしょ」

「先生の言ったことまでメモしているんだね。かなり細かい所のつぶやきまで書いているね」


「あれ……? 千早くん、もしかしてこれ読めるの……?」

「読めるよ。僕も速記できるからね」


「そ、そうなんだ……。すごいねー……」


 そうだとしたら、千早くんはノートに書いてる小説が読まれちゃうってことだよね。それ、ヤバいじゃん……。

 そう思って、私はそっとノートを閉じた。


 あらためて、千早くんが言ってくる。


「面白かったよ!登


 私は気まずくなって、「内緒だよ」と言うように、人差し指を口元に立てた。

 千早くんに伝わったようで、うんと頷いてくれた。


「大丈夫! 僕、口が堅いからね。それよりも、続きが気になっちゃうよ。今度、また読ませて欲しいな」

「う、うん!」


 私と千早くんの内緒の小説は、この時から始まった。

 速記って、千早くんと私だけの暗号言葉だ。


 私、速記ができて良かったかも。


 好きだな。速記って。

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