メガネクリーナー

 夏休みが終わり、学校が再開した。

 久しぶりに教室に入ると、なんだか懐かしい気持ちがした。友達と再会し、夏休みの思い出を語り合ったりしてすごしていたら、チャイムが鳴り授業が始まる。


 いつもの日常に戻った気がする。

 しかし、授業が始まるとすぐに気づいたことがあった。黒板の文字がぼやけて見えるのだ。


「あれ……? スマホの使いすぎかな……?」


 夏休み中、毎日夜遅くまでスマホをいじっていたせいかもしれない。多分、スマホゲームにハマりすぎたせいだろうな。

 視力が絶対落ちたよ……。


 授業中、何度も目をこすったり、目を細めたりしてみたけれど、黒板の文字は相変わらずぼやけていた。どうしようもないかな、と諦めかけたその時、隣の席の男子がメガネクリーナーを取り出した。


「これ、使ってみる?」


 あまり話したことがなかったから、少し驚いたけれども、その優しい態度が嬉しかった。


「ありがとう」と言って、彼からメガネクリーナーを受け取った。メガネを外し、クリーナーで丁寧に拭いてみると、レンズがピカピカになった。再びメガネをかけると、驚くほど世界が鮮明に見えた。


「あれ、見える! 世界が綺麗!」

はなさんは、大袈裟だなぁ。やっぱりレンズの汚れだよね。ちょっと曇って見えたからさ」


「え、周りから見ても曇ってるように見えるって、そんなに汚れてたのか……。ちょっとショック」


 けど、これで黒板の文字がくっきりと見えるようになったし。授業に集中できるね。

 メガネクリーナーって凄いな。



 ◇



 授業が終わったので、あらためて彼にお礼を言おうとしたが、なかなか言葉が出てこなかった。


 ありがたい気持ちが半分。

 メガネの汚れを見られて恥ずかしい気持ちが半分。

 けど、言わないとだよね。


「メガネクリーナー、ありがとう!」

「全然気にしないでいいよ! メガネクリーナーいいでしょ?」


「うん!」



 ◇


 次の日から、私はメガネクリーナーを持ち歩くようになった。毎朝、メガネを丁寧に拭くことで、世界が鮮明に見えることに気付いたんだ。視力が落ちたわけではなく、ただレンズが汚れていただけだったのだ。


 メガネクリーナーの良さを教えてくれた彼。

 彼との交流はそれほど多くはなかったけれど、メガネクリーナーを使うたびに、なんとなく彼のことが頭をよぎる気がした。


 私に綺麗な世界を教えてくれて人ってことなんだよね。


 今日も彼は、私の隣でメガネを拭いていた。

 綺麗なメガネで見ると、彼は案外イケメンの部類なのかもしれない。

 顔も整っているし、目鼻立ちもくっきりしているし。

 今まで気付かなかったのは、やはりメガネが曇っていたせいだろう。


 メガネが綺麗だと、世界も綺麗に映る気がした。


 彼のことを見つめていると、彼がこちらを見てきたので目が合った。


「今日は、メガネ綺麗だね!」

「え、あ、うん!」


 メガネクリーナーって、本当に素晴らしい。

 視界をクリアにするだけでなく、人の心もクリアにしてくれるのだから。


「教えてもらったメガネクリーナーっていいよね! 私、好きになったよ!」

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