ナツイチ

 高校生、初めての夏休みが始まった。


 高校に入ったら、恋に部活に勉強で忙しい!

 ……って思っていたんだけれども、そんなことは無かった。


 勉強は、そこそこすれば、そこそこの点数とれるし。

 部活は結局、帰宅部。

 四月からの三ヵ月間っていう短い期間で恋に発展するような関係も無かったし。


 だから、夏休みが始まったといっても、私はすることが無いのだ。

 本当の意味で休み。



 お母さんは、「人生にはそういう時間も必要だよ」なんて言うけれども、若いうちから休んでもねぇ。

 もっと何かアクティブにいろんな体験したかったんだけどなぁ。


 今日もぼんやりと、部屋でスマホをいじっていると、お母さんがやってきた。


浩子ひろこ、お母さん買い物に行くけど、一緒に行く?」

「私は、特に買いたいもの無いからやめとこうかな」


「どうせ暇なんだったら、行こう!」


 くつろいで座っている私の手を、無理矢理取られる。


「なにかしたいって思ってても、思ってるだけじゃ何も起きないよ。行動を起こさないとね」


 お母さんって、たまに強引なところがあるんだよね。

 一人で行くのが寂しいだけだと思うんだけれども、何かと理由をつけて。

 こうして、私も買い物に付き合うことになった。



 ◇



 お母さんの買い物は、本屋さんだった。

 お母さんが読んでいる漫画が発売されるらしい。

 その年になって、漫画を楽しみに本屋に来るって、大人って呼んでいいのかな……。


 お母さんは、漫画売り場で、ルンルンとした目で新刊本を眺めていた。


「浩子も欲しい本を何か持っておいでー。買ってあげるよー」

「はーい」


 とりあえず、目を輝かせているお母さんと一緒にいるのは恥ずかしい気がしたから、そそくさとその場を離れた。


 私は一人、文庫本コーナーへと行く。

 何か本を読もうかと思う時、いつも来る場所。

 そうは言っても、月に一冊も読んでないんだけどね。


 文庫本コーナーに来ると、いつも何かフェアをやっているんだ。

 今やっているフェアは、『ナツイチ』と呼ばれるものだった。

 猫の可愛いイラストが、こちらを手招きしているように見えた。



『夏休みに一冊、中高生にも文庫を手に取ってほしい』



 猫のイラストの横に、そう書かれていた。

 確かに、長い休みだから、読書くらいしたいよね。

 いつも、したいとは思うものの、そこまでで終わっちゃうんだよね。


 本当は私も、何かをしてみたいんだ。

 そう思って、並んでいる文庫本を一冊手に取る。


 本を一冊読んだくらいで、何かが変わるっていうわけじゃない。

 そんな都合よく運命の一冊に巡り合うことなんて無いのは知っているけれど。


 何かを始めたい。

 猫のイラストが、それを後押ししてくれる気がした。


 本を取らせてくれた猫のイラストの頭を撫でる。


 ナツイチ。私好き。

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