アイス屋さん

 マイナス15度。

 それがアイスが溶け始める温度。


 氷は0度よりも高い温度だと溶け始めるけれども、不純物が混じっているアイスは、『凝固点降下』の作用により、0度よりも低い、マイナス15度で溶け始めるんだ。思っているよりも低い温度で溶け始めるものなんだよね。


 それって、人間だって同じだと思うんだよ。

 体温よりも高い温度だと、人間って絶対溶けるよね。私は溶けてる感覚がある。

 直感的にはそう思うんだけれども、アイスと同じように考えると、それよりも低い温度でも、実は溶け始めてるって思うわけ。

 私が思うのは、気温が30度を超えたら、人間ってもう溶けてるんだよ。


 今日の温度は30度を超える。連日続く真夏日。

 アイスが溶けて、表面がヌメヌメと液状になるように、身体からは汗が浮き出てきている。

 ヌメヌメした汗が表皮に留まって、ベタベタして気持ち悪い。


 人は溶けると、軟体動物みたいになる。

 背筋が力なく曲がって、顔が机の上に着いている。

 隣の席の頼子よりこも私と同じく溶けているようだ。


「暑いよ!」

「知ってるよ!」


 ヌメヌメ溶けてても、口の威勢がいいのはいつものこと。

 頼子はいつもの提案をして来る。


「じゃあいつも通り、じゃんけんに負けた方がおごりだからね!」

「いいよ! 私がまた勝っちゃうもんね!」



「「最初はぐー! じゃんけんぽい」」



 ◇



 人のおごりだと思うと、やる気っていうのは湧いてくるもので。

 軟体生物となっていても、テキパキと動けるらしい。


 ヌメヌメな気分のままの頼子を元気づけながら、駅へとやってきた。

 いつものアイス屋さんの近くまで来たところで、頼子は歩くのが一層遅くなった。


「頼子、元気出してって! アイス食べたら元気出るよ!」

「奢りっていうのが無くなったら元気が出るよ!!」


「いやさ、怒られてもさー。二人の合意の上の勝負だったわけじゃない?」

「そうだけどさー……」


 お店の前までたどり着くと、シャッターが閉まっていたようだった。


「あれ? 閉店……?」

「やったー……。じゃないけど、閉店ってことは、ここのアイスがもう食べられないっていうこと?」



 頼子は喜びかけた手を下ろして、悲しそうな顔をしている。


「ここのアイス……、美味しかったのにね……」

「そうだよね……」


 私と頼子は、この夏毎日のように通っていたアイス屋さん。

 私たちの思い出のアイス屋さん。


「いや、見てみて! 一週間お休みしますって!」

「えぇ! じゃあ閉店ではないってこと!」


 私と頼子は、二人で手を合わせて喜んだ。


「じゃあ、今日は別のところで食べよっか」

「そしたら、またじゃんけんする?」


「いやいや、私が勝ってたから、今日は頼子のおごりだよ!」

「えーー……」


 私たちは、その場を後にした。

 いつも行ってるアイス屋さん。私と頼子の好きなお店。

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