江戸切子グラス

 高校二年生の夏休み、友人の美咲みさきと一緒に横浜の小さな商店街を歩いていた。商店街の一角にある古風なガラス工芸品店の前で、ふと足を止めた。店のウィンドウには、美しい江戸切子のグラスが並んでいたのだ。


「わあ、綺麗……」


 私は思わず声を漏らした。


「これ、江戸切子だね。知ってる?」


 美咲が微笑みながら尋ねた。



「ううん、初めて見たかも。でも、すごく綺麗だね。」


 私の反応に、美咲はゆっくり瞬きをした。そして、江戸切子についてスラスラと説明してくれた。

 彼女の祖父が江戸切子の職人で、幼い頃からその美しさに触れてきたという。彼女は私に、江戸切子の歴史や技法について教えてくれた。とても詳しかった。


「江戸切子は、江戸時代に始まったガラス工芸の一つで、カットガラスの技法を使って模様を彫り込むんだよ。光が当たると、模様がキラキラと輝いて、本当に綺麗なんだよ」


 美咲の話を聞きながら、私はそのグラスに見入っていた。細かく彫り込まれた模様が、まるで魔法のように光を反射していた。私はその美しさに心を奪われ、江戸切子に対する興味がどんどん膨らんでいった。



 その日の帰り道、私は美咲に感謝の気持ちを伝えた。


「美咲、今日はありがとう。江戸切子のこと、もっと知りたくなったよ。」


「どういたしまして。今度、一緒に江戸切子の工房に行ってみない? 実際に作るところを見たら、もっと感動すると思うよ」


「うん、ぜひ行きたい!」


 ◇


 それから数週間後、美咲と一緒に江戸切子の工房を訪れた。

 古い古民家のような場所で、横浜にもこんなところがあるのかと驚いた。工房の中では、ガラス職人である美咲のお祖父様が、ガラスをカットして模様を彫り込んでいた。

 職人さんの様子を間近で見て、さらに魔法にかけられたような気分になった。綺麗に繊細な模様を刻んでいく。間近で見るほど、それは人間技ではないように思えた。

 美咲のお祖父様の腕さばきで、私はますます江戸切子に魅了された。切っていく過程で、江戸切子グラスは、キラキラと光を纏っていった。こんなに美しい物があるのを私は初めて知った。


「ちょっと、やってみる?」


「え、良いんですか……?」


 美咲のお祖父様は、にっこりと笑って私に新しいグラスをくれた。まだ何も模様が入っていないもの。


「最初から教えてやるから、やってみるといい。自分で作ったものが一番綺麗と感じるはずじゃ」


 優しそうな声が、私を後押ししてくれた。美咲のお祖父様は、美咲にもグラスを渡していた。


「それじゃあ、江戸切子グラスの体験会を始めるぞ」


「「はい!」」


 私は、この時から、江戸切子グラスが好きになった。

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