服を縫う

「いってーーーっ!」


 盛大な音を立てて、活発な男子、彰人あきひとが教室の入り口で転んだ。

 転んだ時に膝をぶつけたらしくて、転げまわっている。


 膝を抑えてて痛そう。

 彰人は、ゆっくりと立ち上がると膝を見ている。


「やっべー。擦りけちゃったかも。……っていうか、それも制服のズボン破れちゃってるし」


 確かに、擦れてたことで破けちゃったのだろう。丸い穴が開いていた。

 教室の前の方の席の友人が駆け寄ってきて、心配そうにしている。


「大丈夫か、彰人?」

「まぁ、足はそこまで痛くなくなったけど。ズボンどうしようかな……」


「ダメージ加工っていうのもあるし、これはこれでカッコいいかもな?」

「そうか?」



 言われてみれば、そういう服装も無くはないけど、どうなんだろうな?

 私はあまり良く思わないな。


 私は席から眺めているだけだったが、隣の席の冬美ふゆみが立ちあがった。

 彰人のもとに駆け寄っていく。

 彰人が心配しているのかな?


 冬美は、彰人の前まで行くと、きっぱりした顔で言った。


「衣服の乱れは、風紀の乱れ。穴が開いたままなんて、絶対にダメです」


 しっかり意見を言う冬美。

 さすが、風紀委員長をやるだけのことはある。

 それを言われた彰人は、びっくりした顔をしていた。


 多分心配してくれるとでも思っていたのかな?

 彰人は面食らっていたが、冬美に答える。


「けど、このくらいで新しいの買わなきゃいけないのか。まだ全然使えるぞ?」

「その通りです」


 冬美の姿勢は変わらない。厳しい口調でしゃべる。


「マジか。俺の小遣いが減らされちゃうぜ……」

「何を言ってるんですか? その通りといいましたが、新しいズボンを買えというわけでは無いです」


「は?」


 戸惑う彰人に、冬美は続ける。


「あなたが言っている通り、破けてもまだまだ使えるのです。なので、素直に考えてみて。破けた部分を直せばいいだけです」

「あぁ、なるほど?」


 冬美はポケットから、何やら黒い布を取り出した。

 制服のズボンと同じ色をしている布。

 もしかしてそれを縫うのかな?


「これを差し上げますので、塗って直してください」

「あ、ありがとう」


 冬美は、彰人に布を渡すと、私の隣の席へと帰ってきた。

 満足そうな顔をしている冬美に声をかける。


「お疲れ様、風紀委員長!」

「いえいえ、当然のことをしたまでです」


「けどさ、彰人困ってるみたいだよ? 縫うところまでしてあげなくて良かったの?」

「それをするのは、自己責任ですよ」



 おぉ?

 何だか一線を引いているんだね。

 そう思ったが、冬美は何やらごそごそとカバンを漁り始めた。

 彰人が冬美の方へと近づいてきた。


「……あのさ、これもらって嬉しいんだけど、縫うって俺できなくて。頼めないかな?」


 そう言われた冬美は、風紀委員長としてふるまっていた顔をひっこめた。

 そして、手芸部としての顔を見せた。


 厳しい顔じゃなくて、優しい顔をしている。


「いいよ。私、服を縫うって好きだからね!」

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