鉄人

「ファイオーーーー!」


 校庭から聞こえる野球部の声。今年もそんな季節になったらしい。夏の甲子園に向けて、頑張ってるらしい。名門校じゃないけれども、意外と良い線行くんだ。だからこそ、応援したくなっちゃう。


「お、どうしたんだ? 早いな」

「別に関係なくない? たまたまだよ、たまたま」


 教室にやって来たのは、佐伯さえき。松葉杖を突いて、私の隣の席に向かってくる。

 佐伯は野球部だけれども、この前の練習で怪我したらしい。こんな大事な時期なのにバカだよね。

 佐伯は椅子に座り松葉杖を置くと、おもむろにトレーニングウェアへ着替え始めた。


「いや……、こんなところで着替えないでよ。……ってか、骨折してるのにやるの? バカじゃない?」

「は? 別に俺の勝手だろ。そんなこと言われても、やめないけどな」


 しょうがないから、私が目を背けるしかない訳で。何で私がそんなことしなきゃいけないのよ。佐伯が勝手にやってるのに。

 というか。野球の練習をする前に、早く骨折を治せばいいのに。

 着替えるときは邪魔になるからと、サポーターを取って着替えていた。


「はぁ……。どうせ、言っても聞かないんでしょ? 佐伯が勝手にするなら、私も勝手にするから」「あぁ、別に良いぞ。更衣室には椅子が無いから、着替えられなくてさ。すまないとは思ってる」


「ふーん。別に着替えのこと言ってるんじゃないけどね」

「は? じゃあ何のこと言ってるん……、って、痛てて、何するんだよ! バカ、そこ、ちょうど折れてるところだぞ!」


「勝手にしていいっていうから。私からのおまじないを書いておいてあげた。だって、骨折してるんでしょ? このサポーター取ったら、誰かに見られちゃうんだからね。練習中は絶対に取るなよ?」

「なんだよ、どういうことだよ?」



 ――好きだよ。茜より。



 私が佐伯の足に書いた文字。

 油性ペンで書いたからしばらくは消えないだろうな。見えないようにして、すぐに佐伯のサポーターをつけてあげた。一人で付けるのって、しんどいって言ってたし。


「本当に、サポーター取ったら。殺すからな」

「な、なんだよそりゃ。……ってか、何を書いたんだよ?」


「絶対読むなよ。あんたの足を思ってやってあげてるの。感謝しなさい!」

「お、おう……? とりあえず、サポーターサンキューな。これで練習も捗るはかどるぜ!」


 そう言って、佐伯は片足でケンケンしながら、教室を出ていった。



 ……はぁ。男って、みんなバカなんだから。

 折れてるんなら、休めばいいのにさ。そんなに野球が好きなのかねぇ。まったく。


 そういえば、骨折してても試合に出るプロもいたよね。そういう人を『鉄人』っていうのかな。

 丁度、佐伯とおんなじ名前。


 はぁ……。なんで好きになっちゃったかな……。

 好きになった方が負けだよね。まったくさ。

 鉄人か……。やっぱり、好きだ。

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