落語

 放課後の廊下を歩いていると、どこかの教室からしゃべり声が聞こえてくる。


「そうだけども。そこまで聞いてくるなら答えるけれどさ、私は饅頭が怖いって思うんだよ」

「はぁー? 饅頭が怖いって、あの饅頭だよね? フニフニして柔らかくて。食べると甘くて美味しい。あれが怖いの?」


「そうそう、そうなんだよ。あの丸いフォルムからして怖いって思うんだよ。なんだか大きい胸を強調されてるみたいじゃないですか。それが怖いんですよ。特に大きくて、二つ揃っているところなんて見ると、もう大変よ」

「へぇー。そうなんだね」


 なんの話をしているんだろう?

 饅頭が怖い人なんているわけないと思うんだけども。二つ揃うと、大きな胸みたいだなんて言うけれども。まぁ、そう言われると怖いのかな?


「そんな美香みかに、プレゼントがあるんだ。はい、どーぞー!」

「え、え、えーーー! これ、饅頭じゃない! ヤダヤダヤダヤダ!」


「ははは! 美香が怖がる饅頭、大きいのが二つだよー! はははは!」


 良くわからないけど、虐められている人がいる。行って助けてあげないと!

 声の聞こえた教室は、多分ここだ! 助けないと!



 ――ガラガラガラ。


「大丈夫ですか!」


 教室に入ると、何個か机がくっつけられていて、その上に座布団を引いて正座をする人がいる。私と目が合った気がするけれども、そのまま続けていた。



「あぁー、饅頭怖いよー、饅頭怖いよー。――あむあむあむ」

「あらあら? 饅頭を怖いって言ってるのに、食べちゃうの? 何よそれ!」


 ……あれ? あの子、饅頭食べていないのに、リアルに食べてる音がする?

 それに、色んな声が聞こえた気がするけれども、喋ってるのは全部、座布団の上にいる美香っていう子が出しているの? 何これ、何これ?


「美香、饅頭が怖いっていうのは、嘘だったのね! 饅頭だって安くないんだよ、まったく。本当に怖いのは何なのよ!」

「それは、私が本当に怖いのは、この落語をちゃんと聞いてくれる人が来たら、私だって怖いって思っちゃいますよ」


 こちらを見て、そう言ってくる美香。


「あぁー、これって落語だったんだね。虐められているかと思ってびっくりしちゃったよ」

「ふふ、これ落語なんだ。今練習中なの」


「そうなんだね。なんだか、廊下で聞こえている時から引き込まれちゃったよ。色んな人の声も出せるみたいだし、すっごい引き込まれたよ!」

「うん。聞いてくれてありがとう。感想までくれる人、怖いよ。また今度も聞きに来てくれる人、怖いよ!」


 饅頭の話が続いているのだろう。私は知らなかったけど、学校にこんな楽しい子がいたんだね。


「私、落語って好きなんだ。また聞きに来てくれたら嬉しいです! ありがと!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る