ワカメ

 私が体育館に着くと、そこには海の中のような景色が広がっていた。


 タイやヒラメは舞い踊っていないけれども。そこにあったのは、大量のワカメ。波に揺られているようにゆらゆらと揺れるワカメ。そんな風に見える動きをしているクラスメートが立ちながら揺れている。私の友達の鮎美も何かにとらわれたように揺れている。


 まさに、異様空間。どこかの製薬会社が売ってる消臭剤を体現したような状況。さっきまでトイレにいた私は、消臭剤の方の恩恵を受けてきたのだけれども。この体育館に小さな粒をまき散らして、全体を異様空間にさせている正体は何なのだろう。


 どうしてこうなったんだ。わからない中、体育館に入っていく。

 恐る恐るワカメの森を進んでいくと、その中には一際大きく動くワカメがいた。大きく揺れたり、小さく揺れたりする先生。それに合わせて周りのクラスメートも大きく小さく揺れている。異様空間をばらまいていたのは先生のようだった。異様空間の元となる粒があったとしても、回収するわけもなく、先生はワカメを続けている。


 そんな時、ふと先生と目が合った。揺れる身体とは対照的に、丸い瞳はぶれずに私を見続けている。


 こ、これは、私もやらないと……。ワカメ……。

 私はワカメ。海に漂うワカメなの。

 出汁が取れないのなんでだろうー。

 なんでこうなったの一。疑問に答えて欲しいよー。


 遅れてきた私は一生懸命に身体を振って、ワカメになり切る。私のところだけ波が強いんです。


「佐々木、ちょっと違うぞ?」

「……はい?」


 先生が近づいてくると、私の目の前でゆらゆらと揺れだした。

 さっきから見ているのに、わざわざ近づかなくてもいいですし。ワカメが近くで揺れていて、それもこっちをまじまじと見ているって。かなりのプレッシャーなんですけど。


「これはな、ワカメ体操っていうんだ。佐々木はトイレに行ってて説明聞けてなかっただろうけど」

「これが……、体操?」


 先生は頷いているのか、揺れているのかわからないが、何度も首を縦に振りながら答えてくれる。一回止まればいいのに……。


「そうだぞ。静的な、ストレッチも、いいけれども、動的な、ストレッチ、というのも、十分効果が、あるんだ」


 先生は揺れながらだから、首の揺れる方向が変わる度に、ぶつぶつと言葉が切れる。だから一回止まればいいのに……。

 ちゃんと正式な体操で、それの効果があるというなら私もやらなきゃダメな訳で。これも授業の一環なのかな?みんなでやれば恥ずかしくないか。私もゆらゆらと脱力し始める。


「佐々木、身体が、固いぞー。もっと、ふにゃふにゃに、脱力しないと」

「難しいですって、これ」


「もっとだな、ワカメの、気持ちに、ならないと。味噌汁の、中にある、ワカメ、先生は、好きだぞ!」

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