百人一首

「上の句を詠んで、下の句が書かれた札を取るんです」


 国語の授業時間を使って、今日は百人一首をやるらしい。


 百人一首って、アニメでも有名だから、知名度はあると思うんだけれども。目の前の古風な眼鏡をかけた黒髪少女は、とぼけたように私に聞いてくる。


「はて、百人一首とは、なんぞや」

「そんな、古風な聞き方をしてくる人は、わかってそうなものだけれども」


 春子はるこが首を傾げる。そうすると、黒髪だけがふわふわと浮いているようだった。続けて右へ左へ首を傾けると、黒髪だけが動いているように見える。

 大道芸であるクリスタルボールのジャグリングのような、不思議な髪だなー……。


 何度か頭を動かすと、何かを思いついたかのように、ぽんと手を打った。


「あれじゃな。ヤマタノオロチの最終進化系じゃな!」

「どこまでとぼけるんだか。はい手伝って一」


 机を教室の端に追いやって、空いた床に札を並べていく。


「ふむふむ、これはこっちに並べて、と」

「やっぱり、春子わかってるじゃん!」


「いやいや、我は初見だから、真剣勝負じゃ!」

「……まぁいいか。勝負に乗ってあげるよ」



 教室内では、生徒が各々で、二人組に別れて対戦をする形になっている。


 私は春子の前で、正座をして座る。

 春子も綺麗な正座をしている。


 教室の中の方まで出てきた、座敷童みたいな。

 始まる前に、真剣に札の場所覚えてるみたいだし。


 春子、本気なんだな。

 私も負けないぞ。


「よーし、準備できたかー? 始めるぞー!」


 先生は、そう言って古めかしいラジカセを出してきた。

 今時そんなものがあるのかっていう。


 学校だと、ちゃんとあるんだよね。

 物持ちが良いんだね。


 流され始める歌。



「ちはやふるー神代も聞かずー竜田川ー」


 古い音声に乗せて、最初の句が読まれる。

 音質は全然良くないけど、一応聞きとれる感じ。


 教室内から、「はい」「はい」と札を取る音が聞こえる。


 私は全然わからないけど、春子の動きをよく見ておこう。

 春子は下の句が分かっているのか、きょろきょろと探している。

 けど、全然見つからないでいる。


「からくれなゐに水くくるとはー」


 下の句が読まれると、私も探せるわけで。


「あ。あった。はい」


 取ったのは私。えへへ。

 そしたら、春子がいきなり叫び出した。



「いやああああーー!」


 ――ペチン。


 先に置いた私の手を叩く春子。


「私の手の方が早く取ったんだけれども……」


 ――ペチン。


 ――ペチン。

 ――ペチン。



「そんな叩かないでよ! 私が取ったでしょー!」

「やだやだやだーー!」


 春子は駄々をこねるが、私だって真剣勝負しているんだもん。

 私達のいざこざなんて知らないだろうラジカセが、マイペースに次の句を詠み始める。


「恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」


 次の句、下の句まで詠まれていく。

 けど、春子はキョロキョロするけど、動けないでいた。

 もしかすると、春子は弱いのかもしれない……。


「あ、あったあった。」



「あああぁぁーーーなんで取るのー!」


 ――ペぺぺぺンペン!


 ――ペぺンペぺぺン!




 ――下の句の、音の数だけ、叩きけり。



 そんな句が詠みたくなるくらいリズミカルに叩かれた。


「私の方が百人一首好きなのに一、ちゃんと全部覚えているのにーー! あああぁーーん!」

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