自己紹介

 私、デビューを前に、緊張しています。

 鏡の前の私の笑顔がとても引きつっている。


 別にアイドルっていうわけじゃないんです。

 恥ずかしながら、あれです。


 高校生デビューっていうあれです。


 大丈夫。平常心。

 私ならできるよ。


「中岡中学校から来ました、新垣あらがきはじめといいます。」


 小声でつぶやいてみる。


 そう。

 これを言うだけ。

 少し笑顔を作って。

 それでいて、声の笑顔も忘れずに。


 少し明るい声で言えば、皆私を明るい子って認識してくれるはずだよね。


 髪の毛だって、校則に引っかからないくらい、少し明るくしてみたし。

 眼鏡をやめて、コンタクトにしてみたの。

 いやー、初めてつけた時はつらかった。

 目の中に何か入ってくるんだよ。

 ひえーって思ったね。


 っていう。


 あまりトイレの時間が長くても、教室の人に何か言われそうだから、そろそろ戻らないと。

 手鏡をポケットへとしまう。


 立ち上がって、もう一回。


 新垣肇です。


 よしよし。

 笑顔でね。スマイルスマイル。

 うん。大丈夫。


 トイレを出て、教室へと戻る。

 あ、やだ……。

 やっぱり私、緊張してる……。


 右手と右足、左手と左足。

 手と足が同じ方が一緒に出ちゃってる……。


 ああぁ。

 どうにか上手く自己紹介したいだけなのに。


 暗かった自分とはおさらばして、新しい高校生活を送りたいっていうだけなのに……。

 人並みでいいんだよ。

 地味過ぎず。派手過ぎず。


 目立たなくていいけど、友達は欲しい……。

 うぅ……。



 ぎこちない歩き方で、教室の扉を開けると、既に担任の先生が教室にいた。

 そして、皆着席していた。


 はっ、まずい……。

 私、トイレに長いし過ぎちゃったのか。


 私が、教室の扉のところで固まってしまっていると、先生と目が合う。

 ちょっとおっとりしてそうな、女の先生。

 ゆっくりと、名簿と席を眺めて、こちらに言ってくる。


「えぇっと、あなたは、その席の子かな? 新垣肇さん?」

「……は、はい!」


 私が自己紹介するよりも前に、名前呼ばれちゃった。

 変な印象持たれちゃったら嫌だな。

 ど、どうしよう。


 私は無我夢中で、頭を下げて謝った。


「申し訳ありませんでした。中岡中学校から来ました、新垣肇といいます」


 頭をあげても、誰からも反応が返ってこなかった。

 嫌だよ、変な印象で終わっちゃうの。

 私の高校デビューの日なのに。


「えっと、好きなものは漫画です。毎日いっぱい読んでます。えっと、あとアニメも好きで。一緒の趣味の人がいたら、お友達になってください」


 そう言いながら、また頭を下げた。


「新垣さん、自己紹介ありがとうございます。皆さんも新垣さんと仲良くしてくださいね」


 先生がそう言うと、教室内から拍手が起こった。


「……あれ?」

「じゃあ、新垣さん席へ座ってください?」


 とりあえず、私は歩き出す。

 右手と右足。左手と左足を一緒に出しながら歩く。


 もう何が何だかわからないよ……。

 席に着くと、隣の子が話しかけてきた。

 少し明るい髪色をした、活発そうな子。


「よろしく、新垣さん。私も、漫画好きだよ!」

「よ、よろしくお願いします」


 可愛らしく微笑んでくれた。

 意図した自己紹介じゃなかったけれども、好印象を与えられたのかな……?


 それなら、良かった。

 一人でもお友達が出来たら、成功だよね。


 うん。デビューって緊張するけど。

 良かった。今の自己紹介、意外と良かった。

 うん。意外と、好きかもしれない。

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