食品サンプル

 春の日差しが心地よい午後。

 駅前の喧騒を抜け、ランチを探している。


 春期講習の昼休み。

 春休みだっていうのに、なんで私は休まずに勉強しているんだろうな。

 学生に休みって無いんだろうか。


 私の隣にいるやつは、そんな悩み無いのかな。

 ウキウキして、ショーウィンドウにある食品サンプルを眺めている。


 美味しそうに見えるけれども。



 レストランの前に並ぶ色とりどりの食品サンプル。

 春の日差しに負けないくらい、発色がとても良く、食欲をそそるような見た目をしている。


「あっちのパスタも美味しそうだけど、こっちのグラタンも捨てがたいなぁ」


 和也かずやは、ショーウィンドウに顔が付くんじゃないかという距離で眺めて。

 なんだか、見てられないよ。


 私が彼を眺めていると、彼は得意げに語り始めた。


「食品サンプルってすごいんよね。本物の食材を使って作っているらしくてね。一つ一つ手作りで作られてるんだ。だからこそ、こんなにリアルで美味しそうに見えるんだよ」

「へぇ。それで、どれを食べたいの?」


 こういうところがあるからな。

 食品サンプルの話よりも、私は本物を食べたい。


「本物の食品をシリコンの型に流し込んでね。そうすることによって、食品の凹凸にリアリティが出るんだよ。それから、その型に樹脂を流し込んで作っていくんだよ」


 ダメだ。

 和也のウンチクが始まった。


「色付けは、本物の食品を見ながら一つ一つやっていくんだ。繊細な色付けでね。本物とうり二つなんだけれども、少し新鮮に見えるように発色良くしていくんだ」

「で、どれが食べたいの?」


 私はイライラしながら聞いてみる。


「食品サンプルだけを見比べても、実はわからないことも多くて。実際のメニューを並べているような店舗が……」

「いいよいいよ。ここ入ろう」


 和也の話を遮って私は、お店へと入る。


「いや、俺の話ちゃんと聞いてる? サンプルを見てから」

「結局全部のお店行くことになるんだからさ。どうせ、毎日私とランチするでしょ?」


 私は、和也のウンチクを黙らせるコツを知ってるからさ。


「そ、それはそうだけれども……」

「初めから良いお店見つけちゃったら、色んなお店行く楽しみが減っちゃうじゃん? 私と色んなお店行って、楽しい思い出作りたいって思うでしょ?」


「……うん」



 今日は、やっぱり私の勝ちみたいだね。

 食品サンプルなんて見ても、結局わからないし。

 食べてみたらいいんだよ、全部。


 やってみないとわからないもん。


 けど、否定してばかりじゃ、可哀想だからね。


「そうは言っても、私も食品サンプル好きだよ。食品サンプルで美味しそうだったから、一緒にパフェ食べよ!」

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