桜色

 春の晴れた日は、外の空気を吸うだけでも気持ちが良い。

 自然に触れ合ったりするのも良いし。

 些細な所から春の訪れを感じられると、嬉しくなるよね。


 今日は上野駅で待ち合わせしてデートなの。

 春の上野でデートすると言ったら、もちろんあれだよね。

 綺麗な桜が見れると思って、朝からワクワクだったよ。


 私は桜を楽しみにして少し早く待ち合わせ場所に来たけれども、彼もほぼ一緒の時間に着いた。


 彼は、お散歩しやすそうな、動きやすい服装でやってきた。

 私の方だけ、少しオシャレをし過ぎちゃったかな?

 カーディガンに、花柄のロングスカートを合わせて。


 私から、彼に言う。


「今日は早いんだね!」

「そっちこそ?」


 待ち合わせに早く着いたら、その分デートする時間が長いからね。

 彼も早く来てくれただけで、今日のデートが既に楽しかった。


 私たちは、二人で手を繋いで目的地へと向かう。



 美術館を通り過ぎて、真っ直ぐ歩く。

 上野は名称がたくさんある。

 美術館もあるし、この先に行けば動物園もある、曲がれば桜の名所。

 不忍の池でボートを漕いだりすることだって出来るし。


 けど、今日は春のデートだもんね。


「春だからやっぱり、桜が咲いてる景色っていいよね」

「そうだよね。上野の桜って言ったら、江戸時代から有名らしいからね」


 一緒に並んで歩く、翔太しょうた

 美術館を過ぎた辺りで、私と違う方向に行こうとした。


「……あれ、翔太どこ行くの? 桜を見るんじゃないの?」


 私がそう言うと、翔太も不思議そうな顔をしていた。


「……あれ? ‌動物園に行くんじゃないの?」


 確かに、今日のデートは待ち合わせ場所しか決めてなくて、どこに行こうとか言う話は、あまりしていなかった。

 翔太は、動物園に行こうと思っていたのか。

 私は桜を見ようと思ってたのに……。


 翔太は、申し訳なさそうに言ってくる。


「今日は上野動物園の開演記念日だから、どうしても入りたくて……」


「そうなんだ……。けど、うーん。桜が見たいな……」


 その場に立ち尽くして、二人で黙ってしまう。

 これは、どちらかが折れないと。

 せっかく楽しい気分だったのに……。


 そう思ってると、翔太の方から口を開いた。


「……分かった。桜を見よう。二人で楽しい思い出が作りたかっただけなんだ。涼香すずかが桜見たいならそうしよう」


 いつもは、絶対折れないのに。

 今日の翔太は、なんだか優しい。

 春だからかな?


 私も、春だし、優しくなろう。


「いいよ。翔太が行きたい動物園に行こう。一年に一回の記念日なら、なおさらだよ」


 私も譲る。

 私も翔太と同じ気持ちなだけだし。

 楽しい思い出作りたいだけだから。


 そうすると、翔太は私の手を取って、桜並木の方に歩き出した。


「……え、ちょっとちょっと。動物園はそっちじゃないよ」

「俺、いい事考えたんだ。桜を見てから動物園に行こう。そうしたら、二人が一番楽しめる形だろ?」


 翔太は、桜色に頬を染めている。

 いつもは言わないようなカッコイイことを言うから……。


「ありがとう、翔太。私、桜色って、優しくて好きなんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る