春のあけぼの

 春はあけぼの。

 ようよう白くなり行く山際。

 そんな景色が綺麗だな。


 昔の人はそう言ったらしいけれども。

 昔の人と、今の人の感性は違うものだよね。

 その景色は良いとは思うんだけれども、もっと良いものがあるんだよね。



 春はあけぼの。

 ようよう白くなり行く山際。

 それを見てから、二度寝をするのは気持ちいいなぁ。


 現代人は、きっとみんなそのはず。

 春の二度寝は、特に気持ち良いんだよね。

 綺麗な景色を見て、温かい布団の中で、ぬくぬくと……。


美晴みはる一! ‌早くおきなよー!」


 おっと……。

 私を起こす声が聞こえる。

 こういう声がするのは、『いと、わろし』だよね。

 春の唯一の悪いところ。

 春眠を妨害する声、いとわろし。



「美晴! ‌早く来ないと、朝ごはん抜きにするよ!」

「……はーい、今行くー」


 もう、お母さんは風情が無いなー。

 私は布団から出て、リビングへと向かう。



 リビングには、家族が揃っていたけれども、妹もお父さんも眠そうな顔をしていた。


 二人で揃ってあくびをしている。

 私は、その二人に対して、朝の挨拶をする。


「おはようございます」

「おはよう」


 朝の挨拶は、いとをかしだね。

 とっても気持ちが良い。

 妹は半開きの目で、私のことを見ながら言ってくる。


「お姉ちゃん、寝癖がすごいよ」

「えーそうなの。昨日ドライヤーかかってなかったのかな?」


 そういう妹も寝癖がすごいことになっていた。

 ぼさぼさ具合は、妹の方がひどいんじゃないかなっていうくらい。


 ここで妹に言い返すと喧嘩になることが多いから、すぐに言い返さなかったんだけれども、お父さんが言ってくる。


「二人とも、寝癖がすごいぞ。お父さんを見習えよー」


 私と妹は、顔を見合わせる。

 またこのネタかーと思うけれども、お父さんはこの話がお気に入りだから言い返してあげる。


「そういうお父さんは、髪の毛自体が無いじゃん」

「あぁ、そうかそうか。お父さんには毛がないもんな。はは、こりゃあ一本取られたな」


 呆れた顔の妹も続きを言う。


「お父さんは、一本も髪の毛も無いんだから、取れないよ。生やしてから出直してきて」

「そうかそうか。あっはっは!」


 そんな事を言っていると、朝ごはんを作り終わったお母さんが椅子に座る。


「春だからって、寝ぼけたこと言っていないで、早く準備しちゃいなさい」

「はーい」


 春はあけぼの。

 ようよう白くなりゆく生え際。

 すこしあかりて、紫だちたる髪の細くたなびきたる……。


「美晴、目をつぶって、何ぶつぶつ言ってるの。早く学校行きなさい!」

「「はーい」」


「あなたは、早く会社!」

「はーい」


 春のあけぼのは、慌ただしい。

 そういう朝も、楽しくて好きだけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る